第1話 ダメ神様は特定される
※ASMR・・・人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地よい、脳がゾワゾワするといった反応・感覚のこと。
本作はこの『ASMR』を題材とした1組の男女の不思議な関係を描いた物語である。
「はぁ......マジ疲れた。」
ぼく、紺場崎成亮は先程まで着ていた作業服をロッカーに詰め込む。強引に詰め込まれたロッカーは苦しそうに「ぎぃ」と言う音を立てて軋んだ。
(ははっ、まるで今のぼくみたいだ。)
思わずぼくはこのロッカーと自分を重ねて考えてしまう。錆びついた部分は今のぼくの手足のように壊れかけ、ボロボロだ。大学でも職場でも酷使する手足に素直に感謝を言いたい。
ぼくはアルバイトでこのデパートの清掃係をしている。たが、一括りに掃除と言っても広過ぎる...
先輩と分担しているとしても猫の手も借りたいくらいだ。なにせポイ捨てが多過ぎるんだよ!
そう、こんなときにはーー
「お疲れ様です、先あがります。」
ぼくはスタッフルームから出る前に先輩たちに深々と一礼をする。先輩たちは手を振ったり、声をかけてくれたりしてぼくはそれを気にせず「ばたん」とドアを無造作に閉める。
もしかしたら失礼にも思われてしまうかもしれない。育ちが悪いと思われるかもしれない。
ただ、ぼくにだってやるべきことがある。
(早く、早く、早くっ!)
私服に着替えたぼくは焦る体を落ち着かせ、ゆっくりとデパート内を歩いていく。一歩一歩踏みしめて向かった先はーー
「紺場崎さん、終業ですか?」
出入り口があるエントランス、その目の前にあるサービスカウンターから小鳥が囁くような心地よい声が僕に向けてかけられた。
「はい、今日は少し早めにあがります。」
「そうなんですか?では、また明日。」
質素で簡潔。
そんな業務的なやりとりを交わした相手。
砺波天音先輩。
外は黒色で内は青暗い髪をミディアムに仕上げている彼女が、黄色がかった目でぼくを見つめる。その透き通った瞳は不思議と吸い込まれるように魅力的で、全世界、いや全宇宙を見透かしているような気がする。
ぼくは彼女を親しみを込めて『女神様』と呼んでいる。
だが、本人を含めて他人にこのことは話していない。当たり前だ、コレはぼく自身が墓まで持っていくと決めているんだ。
そして、ぼくが彼女をそう呼ぶ理由がもう1つある。
ぼくは手首に巻かれている中古の腕時計に目を落とす。秒針が「カチカチ」と細かく動いて頂きへと近づくたびに、ぼくの心は誰かが干渉しているかのように鼓動が速くなる。
そしてーー
「ピーンポーンパーンポーン!」
機械的なアナウンスが店内に響き渡る。
「ご来客の皆様に午後3時をお知らせいたします....」
突如、天井から降り注ぐ女神のような美しい声がぼくを包み込む。そのためデパート内を歩いている何人かは足を止めて上を見上げている。暖かい太陽を直接浴びているような、そんな錯覚に迷い込まれてしまう。
ぼくはチラリと砺波先輩を見る。彼女は片手で邪魔になった髪を耳に掛けながら、前屈みでマイクに声を乗せている。
ぼくは彼女の声が好きだ。
透き通るような、暖かいような、優しいようなーー
まるでこの世の全ての良さを注ぎ込んだような声。
「以上でアナウンスを終了いたします。」
「ピーンポーンパーンポーン!」
軽快な音が耳奥に響くとぼくは歩き出す。もう、先輩の放送は終わった。ならぼくがここにいる理由もないだろう。
ぼくは先輩の声の余韻に浸りながら、また一歩足を踏み出した。
#####
「今日もできたぞ.....ぼくの、ぼくだけの聖域がッ....!!」
そんなぼくの目の前にあるのはネット販売産の枕、毛布、布団だ。この3つがあるだけでぼくは睡眠可能となる。
「あっ、やばっ、1番大事なもの忘れてた。」
否、少し嘘をついてしまった。ぼくは確かに大事な物を忘れてしまっていた。
ぼくはそう言ってタンスへと歩みを進める。ボロいアパートのためか小柄だと思うぼくの体重でも床が「ミシミシ」と音をあげる。
そんな床の上を進んだ後、ぼくはタンスの引き出しを引く。ぼくのような見た目の男子はタンスに薄い本を入れているという考えがあるかもしれないが、それは全くもって根も葉もない噂である。なにせぼくが入れているものはーー
「あ、あった。」
ぼくの視界の先には小さな真っ白いケースがあった。
ぼくはケースの蓋を爪を使ってい開けると、中にはケースと同様にしろいワイヤレスイヤホンが入っていた。ぼくは耳に装着して軽く首を振ると、「ドタバタ」と音を立てて最終的にベットに飛び込んだ。
暖かくとも冷たいベットがぼくの肌に触れる。それはぼくの疲れを吸収していく。
「あぁー、いもちぃー.....」
顔を枕に埋め込んだことで寝る準備は整った。
だが、
最高の睡眠を求めるぼくはこの程度では終わらない。
ぼくはスマホを取り出して動画配信サイト『モウビー』を開く。検索欄に入れる文字はもちろん『※ASMR』。多少のローディングの後、画面上には数多くのASMR動画がヒットする。
そう、ぼくの求める最高の睡眠とは『疲れ切った体をベッドに沈めてASMRの配信を聴きながら寝落ちすること』だ。
「さて、今日はどれを聴こうか.....」
ぼくの人差し指はまるで品定めをするかのようにゆっくりと画面をスワイプしていく。ぼくの今日の気分は『添い寝』だったため、カテゴリ欄にはしっかり添い寝を入力している。
「さて、どれにしようか.....」
悩んでいる間にも睡魔に襲われた瞼がその目を閉ざそうとしている。開けては閉じて、開けては閉じて...この繰り返しだ。
そんな中、ふとぼくの指が止まる。ある物が視界に入ったからだ。そう、瞼と瞼の隙間を通すように入ってきた物。
それはーー
「な、なんだ.....これ?」
背景が黒一色の動画だった。
タイトルは『私と添い寝していきませんか?』。
スワイプしようとしても、興味と存在感のせいで指が止まる。明らかに初心者だと分かるが、それでもこの胸をくすぐる何かがある。
悩んだ末、ぼくは震える指をこの動画へと近づける。ゆっくり、ゆっくりと、動かして最終的に押した...。
「ーーもーーさん、こんーーー....」
あぁ、予想はしてたさ。
こういう物だろうと覚悟もしてたさ。
けどさ、言わせてくれよ.....
「ふっざけんなぁ‼︎あと、音小さいッ‼︎」
興味がデカかった分、相当なダメージを負ってしまった。そう、失敗だ。失敗したんだ。
(いいや!まだ、まだ分からんッ!)
その後も聞き続けるが、音割れ、動画の不手際、機材不調....。例えを出すと、耳かきが下手すぎてイヤホンからハウリングのような音が響いた。などなど、潜れば潜るほど自分の過ちを後悔することになった。
気づけばぼくは寝ている状態から座っていて、挙げ句の果てには足を組んでしまっていた。
そんな眠気が覚めて覚醒しているぼく。ヤケクソに全部を聴いたこと、寝ぼけていなかったこと、この2つが功を奏してぼくはあることに気づく。
「......せ、先輩?砺波先輩じゃないか.....?」
雑音、異音、不快音。
それらを掻い潜るように聴こえてきたその声は、職場でタコができるほど聴いていたあの先輩の声。だが、確証と共に溢れるこの気持ち.....『疑問』。
あいにくぼくの目はガン決まっている状態でこのまま寝れるはずもない。そのためタンスの奥から薄い本を取り出すと、その本のヒロインと先輩を重ねながらなぜ砺波先輩が『ASMR』をしているかを考えることにした。
「おっ、このシチュいいな....」
#####
翌日、ぼくの砺波先輩を見る目は変わった。
別に軽蔑や嫌いになったわけではない、何かと気まずいのだ。ぼくからの一方的ではあるが、いつも通り笑顔で作業をしている砺波先輩の裏の顔を想像すると目が合わせづらくなるのも至極当然。
「えぇ、なにこれ可愛いっ‼︎」
「砺波先輩これ気になるんですか?2階の雑貨屋で買ったんですよー。あっ、欲しいって言ってもあげませんよ。」
「あぁ、もうケチな後輩を持っちゃったな...」
「さーせん先輩。」
何やら名札についているキーホルダーのことで揉めているらしい。なるほど、女子っぽい会話してんなぁ。
(.....いやいや!そうじゃなくてねっ‼︎)
ぼくはとっさに首を横に振り本来の目的を思い出す。目的とは...そう、砺波先輩に『あれ』のことを聞くのこと。も、もしかしたらね、別人かも知れないしぃ?いや、けど何度も砺波先輩の声は聞いてるからなぁ...
ぼくはもう一度砺波先輩を視界に入れる。砺波先輩は先ほどと変わっておらず、後輩スタッフと話をしている真っ最中。
この紺場崎、空気は読めると自負している。
流石に後輩の前でASMR配信暴露はキツイだろう。ぼくだったら泡を吐いて卒倒案件だ。砺波先輩のそんな姿は見たくないので早めに後輩ちゃんにはご退出願いたいが....
「あっ、12時なったよ。」
「そうっすね。お父さん外で待ってると思うので。」
「うん、早く行ってあげたほうがいいよ。じゃあね。」
「はいっ‼︎ありがとあございました、また明日。」
(シャアッ‼︎ナイスタイミングですよお父さん。)
ぼくは心の中でガッツポーズを決めてしまう。だが、悟られないように掃除をしないと...
(.....行ったな?)
ぼくは周りをぐるりと見渡す。同期や先輩方はいない、サービスカウンターにも人はいない。砺波先輩も丁度暇そうにしていらっしゃる。
やるなら今しかーー
ぼくは震える足を叩いて歩みを進める。すると、あちらもぼくのことに気づいたらしい。
「あぁ、紺場崎さん。お仕事お疲れ様です。」
「あっ、は、はいぃ。」
「....?...どうしました、少し顔色が悪いような...?」
「......」
もうこうなったら『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』だッ!
聞け、紺場崎!聞けぇぇぇ‼︎
「.....ちょ、ちょっといいですか先輩?」
「はい?なんでしょう?」
首を傾げる砺波先輩にぼくはあるものを見せる。それはぼくが昨日から操作していないスマホの画面。
つまりーー
「と、砺波先輩って....ASMR配信して....ますぅ?」
「........」
ぼくはゆっくりと顔を上げる。
「えっ.....!?」
そこには真っ赤に染めた両頬を両手で押さえる女神の姿があった。
「な.....なんでぇ?」
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