㉚ 貴族の奴隷
日の暮れかけた町外れは薄暗く、閑散としていた。埃っぽい通りに立ち並ぶ荒屋のうちの一つの前で立ち止まると、リュウムは数回扉を叩いて声をかけた。
「ノイバー、いるか?」
「ええ、どうぞ入ってください、今手が離せなくて……。あ、といっても鍵をかけてしまったな、ええと……」
中からくぐもった声が聞こえてしばらくごそごそと物音がしていたかと思うと、突然ガチャリと扉が開いた。リュウムの後ろでアスサが驚きの声を上げた。
「あれっルーヴィン⁉︎ なんでここにいるの⁉︎」
「……ノイバーの仕事を手伝っていたんですよ」
ルーヴィンがムスッとして答えると、アスサはいつもの調子で揶揄った。
「そっか〜今回ルーヴィン君はお留守番だったからね、寂しかったのだね」
「は? そんなわけ」
「程々にしろ、アスサ」
リュウムに嗜められてアスサはきゅっと口を閉じた。不服そうにルーヴィンが中へと戻っていく。
リュウムに続いてイオ、アスサ、ミグロが中に入るとルーヴィンがそっと扉を閉めた。部屋の奥ではノイバーが大机に向かっていたが、区切りが付いたのかバタバタと立ち上がった。
「ノイバー、慌ただしくしないでください。また部品が落ちたでしょう」
戸口の方にいたルーヴィンは瞬く間に机の方へ飛んでいくと、ため息をつきながらも散らばった部品を手際よく拾い集めた。
「ああ、悪いねルーヴィンくん」
ノイバーは頭を掻きつつリュウムたちを振り返った。
「お待たせしてすみません、リーダー」
「いや、作業中に悪いな」
リュウムは机の方に歩み寄ると、ごちゃついた工具やらメモやらを丁寧に押しやった。それから懐から何やら取り出してコトリと置いてみせる。手のひらを広げたくらいの大きさの重そうなそれをノイバーは興味深そうに見つめた。
「これは……印鑑ですか?」
「ああ。といっても、押すのは奴隷用の焼刻印だがな」
その言葉にノイバーは顔色を変えたが、黙って説明を待った。リュウムが淡々と続ける。
「第一級奴隷を扱う商人が所持していたものだ。奴に吐かせたところ、焼刻印を呪縛たらしめるのはこの印に内蔵された特殊なハイマ変換システムだということだ」
「それで、私がこの印のシステムを解明すればイオくんの焼刻印を解除できるというわけですか」
「ああ。頼めるか?」
「もちろん、とお受けしたいのは山々なんですが……なにぶん、私はハイマに関しては疎いのでどこまでやれるか……」
「じゃあ俺がやろうか?」
突然戸口の方から声が聞こえて皆は一斉に振り返った。
いつの間に入ってきたのか、そこには男が一人立っていた。扉よりも背の高いその男は茶色いスーツに身を包み、やや長く赤みがかった金髪を緩く縛って後ろに垂らしていた。その上には頭より一回り小さな帽子が乗っていたが、そのどれもが目元を覆う黒いサングラスによって胡散臭さを醸し出していた。
男は少し身を屈め帽子を上げて会釈すると、口元に笑みを浮かべて部屋を見回した。
「なんだ貴様は」
リュウムが剣に手を伸ばす。ミグロとイオは一歩前に進み出て身構えた。明らかな警戒態勢に対して、男はへらっと笑った。
「おいおい、あんまりな歓迎じゃないか? 自己紹介する暇もないぞ、ノイバーさん」
「すまないね、君が急に現れるものだから……」
ノイバーは頭を掻きながら言った。
「リーダー、皆さん、彼は前々から技術協力してくれているアルテーズ公国の技術者、フィーマさんですよ」
「フィーマ? こいつが……」
リュウムは剣を納めると、目の前の男を睨むように見つめた。
「こうして会うのは初めましてだな。紹介してもらった通り、俺は『アルテーズ公国』から技術協力に来たフィーマだ。尤も技術者じゃなくて学者なんでそこよろしくな」
そう言って差し出された手をリュウムはじっと見ていたが、やがて手を伸ばして握手を交わした。
「先程の無礼を詫びよう、フィーマ。これまでの協力にも感謝している」
「あんた意外と堅苦しいんだな。いいけど」
「この印について、お前に任せられるか?」
「うーん、まあやってみないとわからないけど」
フィーマは机に置かれていた印を顔の前まで持ち上げると様々な角度から覗き込んだ。
「うわ、よく作るなこんなの……さすがメジアスト人だ」
ぶつぶつと呟くフィーマに、遠巻きに見ていたアスサとミグロにも微かな信用の色が浮かんだ。
「怪しいけど、腕は確かっぽいな」
「そうだな、怪しいけど」
小声で囁き合う。リュウムが再度尋ねた。
「頼まれてくれるか」
「いいよ。ちょっと時間かかるかもしれないけど、まあなんとかやってみるさ」
リュウムは頷いて踵を返した。




