⑲ 壁際の子どもたち
「うっ……」
屋敷の裏側に取り付けられた窓からそっと中の様子を覗いたヤクは、目の前の惨状に目を見張った。昼過ぎの日差しに照らされたタイル張りの床は、夥しい量の血で染め上げられていたのだ。そこに積み重なるようにして幾人もの男の身体がある。疑いようもない虐殺の跡を目の当たりにして、胃がぐるぐると回った。ヤクは喉に力を込めて口元を押さえ、目を凝らした。よく見ると、部屋の奥の方に僅かに開いた扉があった。
ヤクは素早くあたりを見回した。外に人の気配はない。
(さっきはこの屋敷の中にジェイストのあの二人組がいた……もしもこれをやったのがあの二人……いや、合流したリーダーたちを加えた四人だとしたら……? この屋敷に何か目的があるみたいだった。きっと、もう立ち去ったかここにいるかの二択だ)
立ち去ったのなら手の施しようがない。しかし、立ち去っていなければあの扉の向こうにいる可能性が高い。
(地下室にいた人が言っていた取引相手って、なんなんだろう……ジェイストの人たちなのか、それとも……)
いずれにせよ、ジェイストが何かしらの鍵を握っているに違いない。そう考えてヤクは屋敷に入る決心をした。
鍵の掛かっていない玄関の扉を開けると、足音を忍ばせて扉の方へと向かった。廃墟と化しているが昔は相当な貴族の邸宅だったと見え、装飾の凝った玄関ホールはやけに広かった。しかしその床をほとんど埋め尽くすほどの血の海は、歩くたびにキュッキュと音が鳴ってヤクは冷や汗をかいた。
(……あれ? なんだろう)
扉へと向かう途中で、窓から覗いていた時には死角になっていた位置にまた別の扉があるのを見つけた。玄関ホールらしくたくさんの扉に繋がっているのは不思議ではないのだが、その扉は異常だった。周りは刃物のようなもので傷つけられた跡があり、壁紙を剥いだような茶けた土壁に無機質な鉄の扉が剥き出しになっている。ヤクは近付いて錠前の壊された取っ手を引っ張った。
「! なにこれ……」
足がすくんだ。薄暗い部屋の中には小さな子どもが三人ほど転がっていた。その誰もがぼろぼろの布切れを見に纏い、その破れ目から見える手足は骨が浮き出るほど痩せこけている。
ヤクは一番近くに倒れていた子どもに駆け寄り、夢中でその身体を揺さぶった。
「しっかり! しっかりして!」
すると子どもの口から、んん、と息が漏れた。ほっと息をつく。どうやら生きているらしい。他の子どもの状態も確認しようと立ち上がると、ジャラ、と金属音がした。見下ろせば、重そうな鎖が足元に延びていてその先は子どもたちの手首や足首に繋がっていた。
唐突に、アスサとミグロの会話が思い起こされた。
(そうか、この子たちは、奴隷なんだ……)
初めて目の当たりにした奴隷という存在の生々しさにヤクは耐え難いほどの悲痛と怒りを感じた。
(どれだけ酷い目に遭わせたらこの子たちがこんなふうになってしまうというの? どうして人が人に、こんなことをできるんだろう)
不意にガタンと物音がした。遠かった。
(あの部屋だ。やっぱり、ジェイストの人たちはあそこに……)
ヤクはハンカチを取り出してそばの子どもの顔を拭ってやると、立ち上がった。
「すぐに戻るからね」




