⑯ 流れの序列
ハツがハイマの出力を開始すると、その呼吸が一段と早く激しくなった。ヤクはただ祈るように手を握って、いずれ自身を蝕むかもしれない苦痛に身構えた。
(今流れてきているハイマは、どっちのハイマなんだろう)
隣にいた少女が不意に身を動かした。
「このコの暴れたハイマ……ぜんぶ、そっちに行ったみたいだね」
少女は相変わらず目を閉じたまま、ハツの方に顔を向けて言った。
(よし、じゃああとは僕が……)
しかし、全く手応えがない。痛みも、何かそれらしい感覚も、全く何も感じられなかった。
「もしかしてハイマがうまく出力できてない……?」
ヤクが不安に駆られて呟くと、少女がヤクを見て目を見開いた。
「……たまってる。ハイマが、おとなしくなって……きみの身体に、たまってる」
「え?」
ヤクは自分の身体を見下ろしてみた。だが、何も変わったところはない。
「溜まってるって……? でも、それじゃあ、暴走したハイマが僕の方に流れ込んできてるってこと?」
「ウン……ハ、ツ、の元々のハイマじゃないから、はなれやすいの」
「そうなんだ……よかった」
ヤクはほっとして息をついた。これでハツもなんとかなりそうだ。すると、少女が怪訝そうな顔をした、
「……いいの?」
「え?」
「このままだと、きみの身体にそのハイマがすみついて……きみ、しんじゃうよ」
「……そうなの?」
ヤクは曖昧に首を傾げた。相変わらず身体の方はなんともないが、実感がないのが逆に落ち着かない。と突然、ゴトンッという音が響いて低く唸るような振動が床を伝った。
「⁉︎」
「……あ」
少女はヤクの手を離すと、見えない何かを追うようにしてヤクからその手前へと指先を動かした。
「……今度は、ぬけてる」
「抜けてる……?」
少女が伸ばした手の先を目で追うと、そこには先ほど見た寝台のような器具があった。よく見てみれば、その一番上に小さな宝石のようなものが嵌め込まれている。そのそばには男が立っていて、何かのスイッチのようなレバーを押さえながら舌打ちをした。
「チッ、あなたに入れるわけにはいかないんですよ」
「え?」
「ハイマが……あの石にながれてる」
少女がぽつりと呟いた。男は憮然とした顔を無理やり隠すように歪んだ笑みを浮かべて、ヤクたちを見つめた。
「ハイマは依代を求めて流れる……第一に空の肉体、第二に空の依石」
「……?」
「しかし依石が元々該当のハイマを宿していた場合、その序列は絶対性を失うことになる。つまりあなたよりもこちらの依石の方がそのハイマと癒着しやすいわけです」
「い、いせき?」
「我々がアクセサリーとして身につける、特能補助のための鉱石ですよ。不本意ですがそのハイマはこちらに戻します」
思わぬ展開にヤクは唖然として男を見つめた。
「それって……僕のこと、助けてくれるってこと? ……なんで?」
男がレバーを上に押しあげると、振動が止んであたりはしんと静まり返った。それから彼はその身長より僅かに高い位置にあった石を外し、懐から出した小箱に納めると、踵を返した。
「あなたはもう少しだけ、ご自身のお身体のことをお知りになった方がいい」
去り際に残されたその言葉の意味を問う前に、男の姿は見えなくなっていた。




