⑮ 無謀な可能性
コツ、と音がしてヤクのすぐそばに少女が立った気配がした。服の袖をぎゅっと握られる。手の震えが布越しに伝わってきて、いよいよその時が近づいているのだとわかった。
(でも僕は……ハツくんにもセナくんにも死んでほしくない! 誰も、死んでほしくない……!)
ここに来る途中で昔のことを話してくれたハツの声が蘇る。あんなに穏やかな彼の声は初めてだった。
(こんなところで……こんな風に終わっちゃダメだ! 僕は君たちと、もっと話したい!)
せっかくここまで来たのだ。セナを助けるために。
(そう、ここまで来れたのは、ハツくんがセナくんに____)
____ハツくん、セナくんの居場所がわかるの?
____これと揃いのやつをセナにも渡してある。ハイマを注入しておくことで互いの居場所がある程度わかるんだ。
「……そうだ、もしかして」
ヤクはハッとして少女を振り返った。戸惑いを浮かべた瞳がこちらを見上げる。
「?」
「ねぇ、セナくんのハイマが元に戻せないのは、元のセナくんのハイマが無くなっちゃったからなんだよね?」
「う、うん。そうだけど……」
「でも、まだあるんだ! ハツくんが持ってる、ペンダントに……!」
「ペ……ペンダント?」
少女はハツの方を向いて僅かに目を細めた。それから一つ、瞬きをする。
「……確かに、違うヒトのハイマがある。ハ、ツ、の、胸のあたり……」
「それだよ! それがきっと、セナくんの本来のハイマだ!」
ヤクは力を込めて言った。
「君はさっき、ハツくんのハイマを足していたよね。それと同じように、あのペンダントにあるセナくんのハイマを足して……増やすことはできない?」
「それは……できる、とおもう」
少女はこくりと頷いた。どうやらヤクの考えていることがわかったらしい。
「増やしたハイマを、あのコに……足してあげればいいの? 空っぽになった、あのコの身体に……」
ヤクは頷いて少女に向き直った。
「会ったばかりの君にこんな大変なこと頼んでごめん。でもお願い、二人は僕の大切な友達なんだ。どうか、助けてほしい……!」
「……いい、けど」
まっすぐに見つめられて居心地が悪くなったのか、少女は目を逸らしてセナの方へ歩み寄った。けれど不意に足をすくめて、ヤクを振り返った。
「……どうしたの?」
少女の怯えた目とその足元にあるものを見て、ヤクは察した。セナに加えてハツからも流れ出た血で、あたりは赤黒くぬめっている。少女が平気で踏み越えられるはずがない。
(こんなにたくさんの血が……二人から)
その恐ろしさが改めて込み上げてきて、ヤクはぐっと気を引き締めた。震える少女の手を取り、一歩先へと踏み出してみせる。
「大丈夫。僕も一緒に行くから。君は目を瞑っていて」
少女は何も言わなかったが、目を閉じる代わりに握り返す手に少し力がこもった。
「ハツくん、ちょっと借りるね」
そう声をかけてヤクはハツのシャツの隙間からペンダントを引っ張り出した。返事はない。ハツは目をきつく閉じたまま浅い呼吸を繰り返していて、セナは気を失ったようにぐったりとしている。シャツ越しに滲んだのだろう、付いていた血を袖で拭って、少女に握らせた。
「お願い……」
「うん」
少女は目を瞑ったまま、左手をヤクの手とペンダントに、右手をセナの肩に置いて少し腰を屈めた。
「……!」
セナの睫毛が僅かに動いた。それから少しずつ、少しずつ、風船が膨らんでいくみたいにセナの顔つきが穏やかになっていく。
(よかった! これでセナくんは大丈夫そうだ)
ひとまず一つ焦りが消えて僅かに元気付けられたヤクは、ハツへと目を向けた。
(こっちはうまくいくかわからない。でも、やるしかないんだ……)
「ハツくん、聞こえる?」
ヤクはハツの手をぎゅっと握ると、その耳元で呼びかけた。
「……」
皺を寄せながら閉じられていた目が僅かに開いて、こちらに視線を投げてきた。その目を逃すまいと、ヤクは必死で話を続けた。
「ハツくん、ハイマを放出して。特能じゃなくて、実技試験の時やっていたみたいに、ただハイマの出力を……」
「……?」
「なぜかわからないけど、僕には他の人の特能が効かない。それってきっと、僕には他の人のハイマに対する耐性か何かがあるからだと思うんだ。だから、どんなハイマでも大丈夫! 僕が受け入れ先になるよ! 僕に、出力して!」
「それはダメです」
突然後ろに引っ張られて、ヤクは耐えきれず尻もちを付いた。見上げれば、成り行きを窺っていた男がヤクの背後に立っていた。
「暴走したハイマはアルトニヤの彼だからまだ耐えることができているんです。あなたの身体では手に負えません」
「そんなの、やってみなきゃわからない!」
「その通りです。もしかしたらあなたは無事に彼を助けられるかもしれないし、もしかしたら死ぬかもしれない。実際にそうなってみるまでわかりません。ですから、僅かでも死の可能性があるのなら、あなたはその選択肢を採るべきではないんです」
「……う」
「ほら早く、彼から離れてください」
「うるさいっ」
ヤクは思いっきり男を突き飛ばした。
「僕が死ぬかはやってみなくちゃわからないけど、やらなきゃハツくんは絶対に死んじゃうんだ! 少しでも助けられる可能性があるのなら、僕はその選択肢を選ぶ!」
声高にそう言い切ると、ヤクはハツの手を再びとった。目が合う。頷いてみせると、頷き返すかのようにその瞳が動いた。
「……なんだ? あなたは、そんなに人を救いたいんですか……?」
男は呆然としてそう呟いたが、もう止めようとはしてこなかった。




