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一翼のハイマヴィス  作者: かる
第7章 誘拐事件
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⑬ランプの男

 「広範囲を照らすことのできる照明器具です。ここに来る時はコレを使っているんですよ」

 男は妙に明るい声音でそう説明すると、天井からぶら下がっていた紐のようなものにランプをくくりつけた。一気に視界が開け、辺りの様子が露わになる。

 何もないと思えた地下室はちょうど今立っているあたりを境に床の材質が変わっており、黒っぽい石の敷き詰められた先には見たこともない大きな器具がいくつも置かれていた。

 改めて、ヤクは唐突に現れた男を見つめた。黒いフロックコート姿のその男はすらりと背が高く、ヤクたちよりも随分歳上に見えた。額の真ん中で丁寧に分けられた髪は遠い沖の水面のような深い藍色で、どこか胸騒ぎのする雰囲気を纏っていた。形の良い唇は薄く笑みを浮かべているものの、その上からこちらを見る色素の薄い瞳は冷たく、彼の耳元で揺れる先端の尖った金飾りと似たものを思わせた。

「あなたは……? 何か、知ってるの?」

 ヤクの声が心なしが鋭くなる。しかし男は礼儀正しい態度を崩すことなく答えた。

「おそらく、あなたが知りたいことの八割くらいは存じ上げているかと思いますよ。なんでもお聞きください」

 笑いを含んだような言い方にその真意を掴み損ねて、ヤクは戸惑った。しかし、セナもハツも話ができる状態ではない。もちろん少女は論外である。

「……セナくんを殺せばいいって、どういうこと?」

 意を決して男が最初に放った言葉に言及すると、男は事もなげに言った。

「それが唯一の解決策ってことですよ。彼のハイマは変質し、人体にとって極めて有害なものになっていますから」

「変質って……⁉︎ セナくんに何をしたの⁉︎」

「そう大声を出さないでください。ただ、彼のハイマの出力がスムーズになるように少々治療を施しただけなんですから」

「治療……?」

 嫌な予感がして、ヤクは男の背後にある器具に目をやった。人ひとりが裕に寝転がれそうなそれは、寝台のようにも見えた。

「まさか、そのためにセナくんを攫ったの?」

 ええ、と男は平然と頷いた。

「彼は極めて稀な治癒の特能の持ち主……。調べてみたいと思うのは当然のことでしょう? まあ、攫ったのは私ではありませんけど」

「……仲間がいるの?」

 ヤクの目にさっと警戒の色が走る。

「仲間というよりは取引相手、といったところですかね。ちゃんと報酬は支払いましたよ」

「じゃあ、もう一人攫われた人はどうしたの? セナくんと一緒に、黒い髪で背の高い男の子が……」

「さあ? 私は治癒能力者を求めただけですから、他は知りませんね」

 ヤクは少し押し黙ってから、また口を開いた。

「……なんでそんなに治癒の特能に拘るの? いくら珍しいからって……」

「それは見た方が早いでしょう」

 男はヤクの後ろへ目を向けた。その先には変わらず攻防を続けるセナとハツの姿があった。

 ハツの方は明らかに疲弊していて、呼吸は荒く頰には汗が伝っている。

「……セナ、いい加減に」

「じゃあいい加減、はーくんが受け入れてよ」

「……何?」

 セナはどこか調子の外れた声で言った。

「君が苦しんでいるのは、君が僕のハイマを受け入れないからだよ……ねぇ、そろそろ諦めた?」

「オレが……? なに、言ってる……」

「特能を増強する代わりに制約が生じたのさ」

 男はそう言いながら一歩進み出て、ヤクに微笑みかけた。

「治癒の特能そのものは別に珍しくはありません。ただし多くの場合、特能を適用できる範囲がかなり限られているのです。自分自身、あるいはハイマの近しい親族のみ……。それは、通常我々のハイマは他者のハイマに対して多かれ少なかれ拒絶反応を示すからです。ですから広範囲の他者に作用するタイプの特能は、生命維持に向かうハイマの流れを阻害する有害なものが大多数になるわけです。しかし……」

 男はセナの方に目線を移した。

「セナは、他者のハイマの流れを阻害せず、あらゆるハイマを拒絶することも拒絶されることもなく特能を使用します。このような治癒能力の使い手は極めて稀……ハイマの根幹の性質を覆しうる稀有な存在なのです。お分かりいただけましたか?」

「……」

 ヤクは呆然としてセナを見た。

(人を傷つけたり何かしらの影響を与えたりする特能と、治癒の特能は全然違うものなんだ……)

「じゃあ今のセナくんは、その『ハイマを拒絶されない』っていう性質がなくなっちゃったってこと?」

「その通りです。でも悪いことばかりではありませんよ」

「……?」

「多くのハイマと相容れなくなった代わりに、一点特異型となった彼のハイマは放出量が段違いになる……よって以前とは比べ物にならないほど強い特能を得たのです」

「ふ、……ふざけんな! 余計な、ことを……っ!」

 ハツが怒りを滲ませて叫んだ。苦しげな息の中で、それでも両の目は射殺すような鋭さをもって男を睨んでいる。しかし男は怯むどころが、どこか嬉しそうに口元を緩めた。

「望んだのはセナ本人だ。俺は彼の望み通りにしてやっただけさ」

「セナくんが⁉︎」

「ええ、治療に関して詳しくご説明いたしましたら抵抗をやめてくれました」

「てめぇッ、テキトーなこと……」

「君も知っているはずだよ。アルトニヤ一族はハイマの流れが強すぎて他者からの干渉を受けづらい……。多くはそれは利点となるが、セナに対してだけは別だ。君にとってセナは、擦り傷程度しか治せない治癒能力者だっただろう?」

「……」

「そうだったの⁉︎」

 ヤクは驚いてハツを見やった。確かに、セナがハツの怪我を治しているところを実際に見たことはないので、どんな傷をどのくらいの速さで治しているのかは知るべくもなかったのだ。

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