⑪戦えない奴
「君は、ここで待っていてくれる? 友達を見つけたらまたここに来るよ。そしたら、一緒に帰ろう?」
(どこから来たのかわからないなら、一旦保護した方がいいよね)
そう考えての提案だったのだが、少女はまたも目を見開いて今にも泣き出しそうな顔をした。
「行かないで。ひとりに、しないで」
両手で腕を掴まれてヤクは困惑した。確かに、こんな得体の知れない暗闇に一人でいるのは不安だろう。しかし今すぐに連れて行くわけにもいかない。
「あのね、僕たちの友達は悪い人に攫われちゃったんだ。だから、助けに行くにはその悪い人たちと会わなくちゃならない。とっても危険なんだよ」
慰めるように言い聞かせてみたものの、少女は腕を離さなかった。すると、ハツが振り向いて口を開いた。
「戦えねぇ奴は邪魔なんだよ。ここで大人しくしてろ」
そのきつい声音に驚いたのか、少女はますます強くヤクの腕を掴んだ。しかしヤクがフォローするより前に、少女もまた口を開いた。
「……でも、きみだって、戦えないのに」
「なんだと?」
「ハイマ、足りないよ」
当然のようにそう言ってのけた少女を、ハツは驚きと疑念が入り混じった目で見つめた。
「ハイマが足りない? どういうことだ?」
「……? そのまま。足りないよ」
きょとんとする少女にイライラしながらハツは質問を重ねた。
「なんでそんなことがわかる?」
「……? みたら、わかるよ」
なぜわからないのかわからない、とでも言いたげな様子で少女は首を傾げた。適当に言っているわけではないらしい、その奇妙な言い分にヤクとハツは顔を見合わせた。二人が黙っていると、少女はヤクを前に押し出した。
「わ⁉︎」
混乱するヤクをよそに、少女はヤクを盾にするようにしながらハツの方へと近づいた。それから、ヤクの横から恐る恐る顔を出すと、そっとハツの方へ手を伸ばした。ブレスレットのような細い輪飾りを嵌めた腕がいっぱいに伸ばされ、指先がハツの頰に触れる。
「⁉︎ 何を……」
「足してあげる」
その途端、ハツは頰から何かが流れ込んでくるような感覚に陥った。しかしそれは不快なものではなく、まるでセナに傷を手当てされた時のような温もりがあった。
しばらくそうしていると、だんだんと呼吸が楽になってきた。眩暈は収まり、傷の痛みも弱まってきたような気がする。
「……お前も、治癒の特能を使えるのか?」
少女は首を傾げた。
「今、オレの身体を治してるんだよな?」
目をぱちくりとさせて、少女は反対側にこてんと首を傾げた。
「足してるの」
「足してるって……何を?」
「きみの、ハイマ」
いよいよ訳がわからなくなってきて、ハツはヤクを見た。ヤクは珍しく眉間に皺を寄せて考え込んでいたが、やがて一言一言噛み締めるように言葉を絞り出した。
「えっと、つまり、ハツくんの傷を治してるのは、ハツくん自身のハイマってこと?」
「オレの?」
「うん。アルトニヤの人たちが傷の治るスピードが早いのは、そもそもハイマがそういう性質を持っているからじゃないのかなあ?」
少女の手がぴくりと動いた。
「……アルトニヤ」
「? なんだよ」
少女はぼうっとハツを見つめていたが、聞き返されてはっとしたように手を離した。
「…………」
「聞き覚えが?」
少女は黙って首を振ると、再びヤクの後ろに隠れた。
自分を避けているかのような態度にハツはムッとしたものの、結局何も言わなかった。代わりに、軽く勢いをつけて立ち上がる。
「ん、随分楽になったな。今度こそ行くぞ、ヤク」
「ま、待って、この子どうしよう?」
ヤクは少女がしがみついたままの左腕を見下ろした。
「連れてきゃいいだろ。そいつ、役に立ちそうだし」
「でも……」
「そもそも、オレたちが見つけなきゃここで寝たまま死んでたかもしれねぇ奴だぜ? 何かあっても元の運命を辿ったってことでいいだろ」
「よくないよ」
ハツのあんまりな言い分にヤクは思わず即答したものの、少女を置いていくという選択肢が取りづらいのも事実だった。考えてみればハツはセナがこの地下室にいると言っていたから、誘拐犯もここにいる可能性が高い。そんなところに一人で放置しているよりはヤクたちといた方が安全かもしれない。
そう思い直して、ヤクは少女に声をかけた。
「やっぱり、僕たちと一緒に行こう。何かあっても守るから。大丈夫だよ」
少女は大きな瞳を見開いてヤクを見つめていたが、こくん、と頷いて立ち上がった。




