⑩棺の中の少女
ハツが再び剣を手に取り、炎を灯してかざす。先ほどよりも鮮明に映し出されたその姿に、二人は目を奪われた。
棺の中で眠っていたのは、ヤクたちよりも僅かに年下と見える少女だった。赤い光に照らされた髪は本来は銀を帯びた金髪であると思われ、細い髪一本一本が緩くウェーブを描いて棺の半分ほどまでを覆っている。その髪に象られた肌は透き通るように白く、微かに色づいた頰は血の気の引いた顔の中で花を咲かせていた。中でも一際目を引くのはその顔立ちで、大聖堂を飾る聖像のように精密で端正な、人工的とも言うべき一種異様な美しさを纏っていた。
「……綺麗」
ハツがそう呟いた時、少女の頰がきらりと瞬いた。
「⁉︎」
閉じられた目からつうっと涙が一筋伝う。ヤクとハツが息を押し殺して様子を伺っていると、その瞳がゆっくりと開かれた。そのまま、一回、二回と瞬きをする。
「お、おはよう」
ヤクが恐る恐る声をかけると、ぼんやりとした瞳が声のした方を向いた。と、その目がみるみる見開かれていく。
「____!」
少女がいきなり身を起こしたので、上で炎をかざしていたハツは慌てて腕を下ろした。棺がガタンッと音を立てる。明らかに怯えきった様子の少女を見て、ヤクはこれ以上驚かせまいと穏やかに話しかけた。
「お、驚かせてごめんね。僕たちは怪しい人じゃないんだ。ただ、君がここで眠っていたみたいだから、気になって……起こしちゃった、かな」
少女はじっとヤクを見つめていたが、やがてゆっくりと息を吐き出した。少女が少し落ち着いたらしいのを見てとって、ヤクはほっと胸を撫で下ろした。
「君は、なんでこんなところに?」
少女は首を傾げた。
「僕の言ってること、わかる?」
今度は首を縦にコクンと動かした。
「もしかして、君も攫われてここに?」
首を傾げる。
「声が出せないの?」
首を傾げる。
ヤクは途方に暮れかけて、すぐに気を取り直した。
(そうだ、目が覚めたばっかりで色々聞かれたってわからないよね)
「僕はヤク。こっちはハツくん。僕たちは連れ去られた友達を助けるためにここに来たんだ。君は、なんていうの?」
少女はヤクを見つめ、ハツをちらっと見て、自分が座り込んでいる棺を見た。きょろきょろと首を動かして右肩を見て、左肩を見て、右手を上げて眺め、左手を上げて眺めた。それから両手を閉じたり開いたりしてまじまじと見つめていたが、不意に手を下ろすと虚ろな目をこちらに向けてこてんと首を傾げた。
「わからない」
少女が初めて発したその言葉に、ヤクとハツは思わず互いの顔を見た。
「わからねぇって……自分の名前が、か?」
ハツがそう聞くと、少女はびっくりしたように身をすくめた。
「どこから来たのかも、わからない?」
ヤクが尋ねると、少女は縋るようにヤクを見やってふるふると首を振った。
「…………」
ヤクとハツの頭に、一つの言葉が浮かんだ。
(記憶喪失……)
「攫われたショックで記憶がなくなっちゃったのかな?」
ヤクはハツに囁いたが、曖昧な返事が返ってきただけだった。見れば、特能による炎はほとんど消えてハツは苦しそうに腕をついていた。あの怪我に加えて特能を使ったのだから、相当の無理を身体に強いたのだろう。
「ハツくん! 大丈夫⁉︎」
ヤクが手を添えようとすると、荒っぽく振り払われた。
「……いいから、セナを助けに行くぞ」
「でも、その身体で……」
ヤクの反論には耳も貸さず、ハツは剣を杖のように床に突き立てて進み出した。こうなると止めようとするのは逆効果だ。ハツの強情さを理解しているヤクは、諦めて後を追うことにした。




