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一翼のハイマヴィス  作者: かる
誘拐事件
72/95

⑨階段の下の棺

 (ヤク、ハツ……やはり来たか……)

 古びた屋敷の二階から外を覗いていたシキは、二人の姿を認めて一人心の中で呟いた。数日前、侯爵と交わした会話が蘇る。



 『誘拐だと? 何を言い出すかと思えば……王子を簡単に誘拐できるのならわざわざ手を回して殺すこともない。それができないからこうして……』

 あからさまに顔を顰めたジェージニアント侯爵に、シキは淡々と説明を続けた。

『いえ。誘拐されるのは王子ではなく、私です。それに……セナも』

『なんだと? どういうことだ』

『ここ数ヶ月王子をそばで見ていで分かったことですが、彼は単純で正義感が強く、困っている人間を見捨てることのできない性格____そしてそれを助けるためならば己の身も顧みずに危険へと飛び込む人間です』

『若造にありがちなことだな』

『ですから、私を餌として彼を誘き出す……私が攫われたとなれば、彼は必ず助けに来ます』

『なるほど』

 きっぱりとそう言い切ったシキを見下ろして、侯爵は顎に手を当てた。

『しかし、セナまで攫うというのはどういうつもりだ? あれはアルトニヤの次男の付き人だろう』

『王子は人助けの心こそあれ、それを成し遂げる力はありません。ですから、私一人が攫われても王子は何もできず、騎士団が先に救出に来るか、彼らと行動を共にする可能性が高いです。しかしセナを攫えば、アルトニヤの次男___ハツもまた助けに来る。ハツは単独行動を好みますが、王子は彼に乗じて来るはずです。随伴を拒否される可能性の高い騎士団よりは、学友でもあるハツを頼るはずですから』

『つまり、王子を誘き出す際の足としてアルトニヤを使うというわけだな』

『はい。ただ、アルトニヤといってもハツはまだ未熟……それほどの脅威ではありません』

『ふむ……。お前は学園の実技試験で奴と一戦交えたのだったな。それならばいいだろう、こちらにもツテがある』

『ツテ、ですか? 』

『セナは治癒能力者だったな? ちょうど治癒の特能を持つ者を探している奴らがいるのだ。奴らを誘拐犯に……いや、この際ジェイストを誘き寄せ、誘拐及び王子暗殺の実行犯に仕立て上げるのが良いだろう』

『ジェイストに罪を着せるのですか? 』

『そうだ。それで王家も本腰を入れてジェイストを潰してくれれば、こちらとしては願ったり叶ったりだ』

『……では、心置きなく実行できますね』

 シキは姿勢を整え、口元に笑みを浮かべた。

『誘い出された王子を……ユリヤクスを、私が殺してみせましょう。私を救出し、安堵と喜びで彼の気が緩んだその瞬間に……! 』



 「悪いな、ヤク。俺にも立場ってものがあるんだ」

 窓枠に頬杖をつきながら漏れた呟きは、埃っぽい部屋に掻き消えていった。



◯◯◯



 地下室は真っ暗だったが、意外にも埃っぽさはなくひんやりとした空気が肺を満たした。

「ハツくん⁉︎ 動いちゃダメだよ!」

 ハツが身を起こそうとしたので、ヤクは慌ててその腕を抑えた。

「……ここに、セナが、いる」

「え、この地下室に?」

「たぶん……」

 そう言ってハツは、服越しにペンダントを握りしめた。ヤクはあたりをぐるりと見回してみた。明かりのないここでは何も見えないが、声の響き方や空気からして、蔵よりも広い空間が続いているようだった。

「……進んでみよう」

 少し考えて、ヤクはそう言った。自分一人で様子を見に行こうかとも考えたが、この状態のハツを放置していくのは不安だしこの暗闇の中で離れてしまったら再び同じ場所に戻って来れる自信もない。

 ハツはもとよりそのつもりだったようで、腕をついて上半身を起こすと膝をついた。ヤクがその肩を支え、立ち上がる。

 何も見えない中をゆっくり進んでいると、時間の感覚がわからなくなってくる。どれくらい歩いただろう、不意にハツが囁いた。

「三歩先……何かある」

「何か?」

「箱……みたいな。わかんね。結構でかい」

 ヤクはすり足になって少しずつ進んだ。すると、間もなくして足先にコツンと固いものが当たった。

 ヤクは一旦しゃがんでハツを下ろすと、その箱のようなものに手を当てた。冷たく固いそれはどうやら石でできているようで、手を伸ばして縁をなぞると、人ひとり分くらいの大きさがあるらしいとわかった。

「なんだか……棺みたい」

「……まさか」

 ハツは一瞬押し黙ると、剣を抜いてそのまま棺の上に投げ出した。それからまた剣を握りしめて、力を込める。

「わっ」

 剣先から炎が出た。突然の光にヤクは思わず目を瞑った。それから少しずつ目を開き、その先を確認して___息を呑んだ。ハツも呆然として炎に照らし出されたそれを凝視している。

「……人だ」

 棺の上の部分にはガラスが嵌め込まれていて、中の様子を見ることができた。そこには人間が一人、目を閉じて横たわっていた。

「死んでるのか?」

「でも、ほっぺが少し赤いような……」

 火に照らされているからかもしれないけど、と付け加えたところで、目を凝らしていたハツがはっと声を上げた。

「息をしている」

「ほんと⁉︎」

 ハツは剣を床に置くと、石棺の上部分の凹みに手をかけた。しかし、ほぼガラスでできていて軽いはずのその蓋はびくともしない。

「チッ、力が入らねぇ」

「僕も手伝うよ!」

 ヤクは座り直すと、両手を蓋にかけた。

「いくよ! せーのっ」

 今度は大した抵抗もなく蓋が開き、ギギ……と蝶番の軋む音がした。と同時に溜まっていた埃が巻き上げられて、二人は盛大にむせた。

「けほっ……よかった、開いた」

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