⑦人質の価値
ハツとリュウムとがぶつかり合う音を聞きながら、ヤクは自分の方へ向かってくるイオをじっと見据えた。と、イオがぱっと勢いをつけてこちらに走り込んできた。どうすることもできず、とっさに鉄杖を握りしめた両手を構える。けれどイオは目の前まで来ると突然姿を消した。
「⁉︎」
「上だ! ヤク!」
ハツの声にはっと上を見上げると、高く跳んだイオがこちらに小刀を突き刺そうとしていた。
「っ」
ほとんど転ぶようにしてなんとか躱す。
「よそ見する暇があるとはな」
「ちっ」
ヤクはハツの方を見る余裕などないが、どうやらハツも苦戦を強いられているらしいのがわかる。すぐにイオがこちらに迫ってきて、ヤクは攻撃を防ぐのにかかりっきりになった。小さなイオの身体はそれゆえか俊敏に動き、目で追うのがやっとだった。ヤクはといえば、基礎的な体術を受けてきたとはいえ実戦の経験などほぼない。どちらが優勢かは火を見るより明らかだった。
(このままじゃやられる! どうしたら……)
一方で、ハツもまた焦りを感じていた。
(こいつ、強ぇ……)
アルトニヤの、というよりメジアストの剣術とは異なる奇妙なその剣捌きはしかし洗練されており、これまで多少の違いはあれどメジアストの剣術を基調とした者たちを相手としてきたハツにとっては未知の攻撃だった。加えて、近くにヤクがいるために特能も最小限にしか使うことができない。
「っ」
リュウムの剣が腕を掠めた。チリ、と痛みが走る。
「アルトニヤの次男とはこんなものなのか? ならば今対処する必要もなかったな」
「何⁉︎」
リュウムが挑発というよりは独り言に近い形で呟く。それゆえにそれは疑いようもない本音のように思えて、ハツはカッとなった。
「感情に流されやすい。アスサの言っていた通りだな」
リュウムは冷静に、隙のできた脇のあたりに剣を入れた。
「!」
間一髪で深傷は免れたものの、剣を構えた右腕にすっぱりと血の跡が走った。剣を持ち直そうとすると、痙攣してうまく力が入らない。
(クソッ……! かなりまずい)
仕方なく左手に持ち替えて剣を構えたものの、状況は悪化するばかりだった。もうヤクに気を配る余裕もない。
(早くセナんとこ行かねぇとなのに……!こうなったら隙を見てこの場を離れるしか)
リュウムは容赦なく距離を詰めてきて剣を振り下ろしてくる。左手で構えた剣でなんとかガードするものの、その勢いに押されて少なからず隙が生まれてしまう。いくら訓練を受けてきたとはいえ、ハツは年齢の割に小柄な方だった。こればかりはどうしようもないのだが、それ故にどうしても体格や力で相手に利を与えてしまう。
「___ ぐっ」
何度目かに生まれた隙に叩き込まれた剣が、とうとうハツの肩を切り裂いた。
(ハツくんが! ……でもこっちも)
ハツの呻き声が耳に入って、ヤクは足元から恐怖に駆られた。目の前の少年は表情ひとつ変わらず、攻撃の手も一向に緩まない。人間が人間を殺すという行為の悍ましさを肌で感じて、ヤクはようやく恐ろしさに震え上がった。
イオの攻撃をがむしゃらに弾く。けれど、それもそろそろ終わりだとヤクは感じていた。もう腕は痺れたように固まり、思うように動いてもくれない。
(せめて……せめて、あの短剣を奪えたら)
加えてハツを助けねばという焦りもまたヤクの精神を圧迫していた。
(僕が近くにいるせいで、ハツくんはあの炎の特能を使えないんだ。僕が、近くに……)
その時、ヤクの頭にふと一つの考えが浮かんだ。
(そうだ、それなら……)
「ハツくん!炎をこっちに!」
「……何?」
「早く!ありったけ!」
ヤクが必死の形相で叫ぶ。ハツは一瞬怪訝な顔を浮かべたものの、藁にも縋る思いなのか剣を握り直した。させまいとリュウムが斬り込むものの、右腕を差し出してその攻撃を止める。
「ヤク!ありったけの火だ!」
熱風なのか炎なのかわからない光が一直線になってヤクの方へと向かってきた。イオが咄嗟にヤクから離れて距離をとる。ヤクは炎の前に立ち塞がったかと思うと、鉄杖をクロスさせるようにして構えてそれを受け止めた。
「⁉︎ お前、なにをっ」
ハツが驚きの声を上げた。不可解な行動にリュウムやイオもただヤクを見つめている。
「っ」
間近で盛る炎とそこに突っ込まれた鉄杖の熱で手が焼かれた。けれどヤクが手を離すことはなかった。
熱され続けた鉄杖が赤くなって揺らぐ。
(今だ!)
ヤクは身体の向きを変えて飛び上がると、イオの方へ突進した。一瞬遅れてイオが剣を構える。その剣の中心めがけて、ヤクは思いっきり鉄杖を殴りつけた。
「!」
高音で柔らかくなった鉄杖はイオの短剣に食い込み、接した部分が溶け合ってくっついた。鉄杖を受け流すことができなかった短剣はその衝撃と熱とに耐えきれず、イオの手から離れて宙を舞った。
「しまっ……」
「うあああーっ!」
間髪入れずにヤクはイオに思いっきり体当たりした。ガードの間に合わなかったイオの身体は簡単に吹っ飛び、足元に倒れ込んだ。ヤクもまた倒れ込むようにしてその上に乗り、動きを封じる。イオはじたばたと暴れたものの、さすがに一回り小さい少年の身体ではこの状況を覆せるほどの力を出すことはできない。
「おとなしくして……!」
半ば祈るようにそう言うと、イオは抵抗は無駄だと悟ったのか動きを止めた。
「イオ!」
リュウムが焦ったような声を上げる。こちらに駆け寄ろうとするその姿を捉えて、ヤクは無我夢中でイオの首に鉄杖を近づけた。
「来ないで! それ以上近づいたら……」
後に続く言葉は咄嗟には思いつかなかった。というのも、この脅し自体アスサやハツたちがやっていたことの見よう見まねだったのだから。
しかしリュウムはその先を察したらしく、ぐっとその場で立ち止まった。すると、下からイオが苦しそうな声を上げた。
「……無駄、です。僕に、人質としての価値は、ない」
「なにを……」
言いかけてヤクははっと息を呑んだ。
黒い布地が擦れて破け、剥き出しになった右腕に焼印のようなものが見える。
(これは……本で見たことがある。奴隷の刻印……!)




