⑥なんかしたっけ?
ビュンビュンと耳元をよぎる風のにおいが、微かに変わったような気がした。
「よし、もうすぐだ! ヤク、覚悟はいいな?」
「うん! 準備OK!」
ヤクは腰に手を当ててそう答えた。かちゃ、と金属同士が触れる音がする。短剣ほどの大きさで、細長い棒状のそれはヤクの護身用鉄杖であり、学園での猛獣騒ぎの際に壊れたものを新調したのだった。殺傷能力は低いが、相手の隙を突くくらいのことはできる。
一時間ほど馬を飛ばし、ようやくハツのペンダントが指す位置に近づこうとしていた。となれば、そろそろ誘拐犯の一味と鉢合わせしてもおかしくない。ヤクが鉄杖を握りしめた時だった。
「ヒヒーーンッ」
馬が大きく鳴いてのけぞった。ハツが勢いよく手綱を引いたのだ。急な停止にヤクは後ろに転げ落ちそうになり、慌ててハツの身体を掴んだ。
「どっどうしたの、ハツくん⁉︎」
「……早速出てきやがったぜ」
緊張と好戦的な笑みとが綯い交ぜになった表情を浮かべて、ハツは前を見つめたままそう言った。
「え……」
あたりを見回してみるものの、木々に覆われたこの小道に人影はない。しかし。
「伏せろ!」
そう声が聞こえるやいなや、ヤクは馬から引きずり落とされて地面に転がった。と同時に、ヒュンッと何かが空気を切って奥の木へと刺さった。矢だった。
「あーまた避けられた。ミグってほんと弓下手だよねえ?」
「なんだと? ならお前がやってみろ!」
「やだね、俺拷問専門」
「俺だって近距離専門だ!」
聞き覚えのある声がしてハツとヤクは思わず顔を見合わせた。木々の間から人影が二つ姿を現す。
「久しぶりだね、今日は二人だけ?」
ハツが二人を睨みつける。
「アズサ、マグロ……」
「アスサとミグロね?」
すかさずアスサが訂正する。しかしハツは気にした様子もなく続けた。
「お前たちに関わってる暇はねぇんだよ。大人しく道を開けるか斬られるか選べ」
「おー怖いね。でも君たちを行かせるわけにはいかないんだ」
「フン、そう言うと思ったぜ。まあいい、手っ取り早くお前たちを捕まえて、セナの居場所を吐いてもらおうか」
「えっセナ?」
きょとんとしたアスサの前にミグロが進み出て、剣を構えた。ハツが剣に手をやったからだ。
「ヤク、お前はそこにいろ。とっとと片付けてやる!」
そう言うなりハツは地面を蹴って、一気にミグロとの距離を詰めた。二人の剣がぶつかり合い、音を立てる。
「じゃ、その間に俺はこっちの相手をするかな」
アスサがヤクに目を向けた。
「ちっ、ほっとけってんだ!」
ハツが一瞬、アスサの方へ剣先を向けた。と同時にそこから火が放たれる。
「わ、と。あっぶなーさすがアルトニヤ。ねぇミグ、やっぱ俺たち二人でって厳しくない?」
「……」
「ってことで、あとお願いしまーす!」
アスサは突然、後ろを振り返ってそう叫んだ。しかし違和感にハツが反応するより前に、何かが首元へ飛んできた。咄嗟に身体を捻って避ける。それは耳元を掠めた程度だったが、その隙をついてミグロが一撃を入れてきた。なんとか剣で受け止めるものの、この崩れた体勢のまま押し合いを続けても勝てそうにない。ハツは一気に相手の刃を流して弾くと、ひとまず後ずさって距離をとった。すぐに体勢を立て直して相手を確認する。
「……お前は、この間の……それと、誰だ?」
新たに現れた敵の一人は、以前森で一線交えた白い少年、イオだった。先程の攻撃も彼のものだろう。さらに、その隣には黒いロングコートに身を包んだ長身の男が立っていた。
「あーそっか、君たちは初めましてだっけ? 紹介しよう、彼こそが我らがリーダー、リュウムさまだ!どう? 昼間なのにこの暗さ」
アスサのおどけたような他己紹介に似合わず、男は陰鬱な面持ちを変えることなく口を開いた。
「アスサ、ミグロ、お前たちは先に行け。終わり次第合流だ」
「イエッサー! じゃ、がんばってねお二人さん!」
ハツとヤクにウィンクすると、アスサはミグロを引き連れて小道の先へと駆けて行った。
「待てっ」
追いかけようとしたハツを牽制するように、リュウムが僅かに動く。ハツはリュウムに視線を戻した。
「リーダーってことは……お前がジェイストの親玉か。じゃあお前を倒せば全て解決ってわけだ」
「どう考えようが構わん。ここで死んでくれるのならば」
そう言って、リュウムは剣を構えた。その切先は真っ直ぐにハツに向かっている。
「イオ、お前はフロンタイトを拘束しろ」
血の気すら引いたようなイオの白い顔からは表情が読み取れない。彼はリュウムの言葉に黙って頷くと、ゆっくりとヤクの方に目を向けた。
「……っ」
「フン、リーダー直々にお相手ってわけか。オレなんかしたっけ?」
ハツもまた剣を構える。表情のないリュウムの瞳が、一瞬金色に光った。
「もう二度と、アルトニヤに邪魔はさせない」
それが、戦闘開始の合図だった。




