表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一翼のハイマヴィス  作者: かる
誘拐事件
66/94

③水たまりの上で 1

 「それでハツくん、どこに向かってるの?」

「決まってんだろ、セナのとこだよ」

 いつもの半分もかからずに城門を抜けたハツは、さすがに住み慣れた者は違うなと思うしかなかった。城門の外に出れない代わりに、人通りの少ない「近道」全体がヤクの庭だったようだ。

 一方ヤクは、平然と答えたハツに目を丸くした。

「ハツくん、セナくんの居場所がわかるの⁉︎」

「まあな」

 ハツはヤクの方へ少し身を捩って、シャツの下に隠れていたペンダントのようなものを取り出してみせた。

「それは……?」

「これと揃いのやつをセナにも渡してある。ハイマを注入しておくことで互いの居場所がある程度わかるんだ」

「へぇ〜!すごいねぇ」

 ヤクはまじまじとペンダントを見つめた。懐中時計くらいの大きさのそれは、デザインも時計盤のようになっていて、細い金色の針が真上を指している。どうやらこれで方角がわかるらしい。

「この間、ジェイストの奴らが聖石の探知に使ってたのと似たようなやつだ。あいつらのほど精密じゃないが、このくらいのクオリティのヤツならその辺に売ってる」

「もしかして、ジェイストの人たちはこれを改良して探知器を作ったのかな?」

「かもな。この機器もルーツはアルテーズ公国とか聞いたし。

……けど、まさかこんなにすぐに使うことになるとはな」

「最近買ったの?」

「ああ、前に城下町行っただろ、ヤコたちと一緒に……そん時に買ったんだよ、ほらセナのやつ、機嫌悪かったから……」

 思い出して少し眉を顰めると、ハツはペンダントをしまって前に向き直った。

(あの時、ハツくんだけ後から来たんだっけ。そういえば随分遠くの区まで行ってたような……)

「ねぇハツくん、前から気になってんだけどさ」

「なんだよ?」

「ハツくんにとって、セナくんってどんな人なの?」

 ずばりと聞かれてハツは思わず言葉に詰まった。王族に次ぐ地位にあるアルトニヤ公爵家の息子が、家名すら持たない者と寝食を共にし従者ではなく対等の立場の者のように扱っているという状況は異様なもので、たとえその筋の書類を覗けば彼に第一級身分が与えられていると分かったとしても、現在の地位以上に血筋を重視する貴族たちからしてみれば、セナというのは得体の知れない少年であったのだ。しかしながら、ハツの地位ゆえにこのように踏み込んで尋ねることができる者はそうそういなかった。他の者が遠巻きに疑念を抱いているのを察し気分を害しながらも説明を放棄していたハツは、滅多にない至極真っ当なこの質問にどう答えようか考えあぐねた。

「なんでお前にそんなこと言わなきゃいけねーんだよ」

 考えた挙句、出てきたのはいつも通りの憎まれ口だった。考えているうちに驚きが頭から去って、冷静になったともいえる。

「知りたいんだよ。二人は僕の友達だし、それに……ハツくんが前に僕のことを守る気はないって言ったの、あれってセナくんがいるから?」

「!」

 痛いところを突かれてハツはぐっと口をつぐんだ。護衛騎士家であるアルトニヤの一員として、あれは出るところに出たら大問題になる発言なのだ。

「怒ってるんじゃないよ、ただ気になるだけ。話したくないならいいけど……話してくれたら僕は嬉しい」

「……」

 真剣な声音でそう言われて、ハツは迷った。ここできっぱり拒否すれば彼はこれ以上は踏み込んでこないだろう。けれど、自分の感じる不満をぶちまけたいという思いから(加えてハツ本人は無自覚にしろ、ヤクはそれを理解してくれるだろうという信頼もあって)、結局いくらか落ち着いた調子で口を開いた。

「お前、前に森で怪我してから何日で治った?」

「え? えっと、ニ……いや、三週間くらいかな」

 唐突な質問に記憶を掘り起こしながらそう答えると、ハツは前を向いたまま話を続けた。

「オレならあの程度の怪我、三日で十分だ」

「み、三日⁉︎」

 驚くヤクに、ハツは平然として頷いてみせた。

「アルトニヤ一族は治癒力が高いんだ。特にオレたち直系はな。だから怪我したって治療なんてしない。赤ん坊の頃からそうだ。アルトニヤの子供は男女問わずチビの時から訓練が始まるから、怪我なんて日常茶飯事だったし、すぐに治るから誰も気にしなかった。オレもそうだった」

「誰も?」

「ああ。アルトニヤは他人の身体を食べることで能力を増強する『人喰いの騎士』だ。だから好き勝手噂立てられて、化け物みたいに扱われていたしな」

「そんな……」

「ともかく、そんで六歳だか七歳だか、そんぐらいの時に街に行ったんだ。城下町から少し離れたところで……実戦による訓練ってんで当時そこにのさばってた盗賊みてぇな奴らの討伐に連れて行かれた。親父も騎士団もいたから盗賊はすぐに倒せたが、オレはまあ訓練を受けていたとは言えまだ子供だ、それなりに怪我もした。で、そのまま帰ろうとしたら____」


 ねぇ、血でてるよ。

 不意に声をかけられて振り向いてみれば、同い年くらいの少年がハツの腕を指差していた。つられて見てみれば、確かに剣で切られたと思わしき直線上の傷から血が溢れ、ぽたぽたと垂れていた。

『こんなんほっとけば治る』

『でも……』

『オレはほかのヤツらとはちがうんだぜ? これくらいあしたには治ってる』

 ハツが少年に背を向けて立ち去ろうとすると、服の裾をぐいと掴まれた。当時から沸点の低かったハツはイラッとして口を開きかけたが、先に放たれた相手の言葉に思わず止まってしまった。

『でも、痛いでしょ? 』


「怪我して、痛いって思ったことはなかった。あまりにも当たり前で……どこかしらに傷があって、こっちが治ればそっちを怪我、それが治ればまたこっちを怪我、そんなことの繰り返しだったからな。だから、セナに言われてはじめて、痛いんだと……切られた時に走る熱さが、傷口から広がる痺れが、痛みなんだと……わかったんだ」


 少年は、思わぬ言葉に固まってしまったハツの腕をとると傷口の近くに手をやって目を閉じた。その妙な感覚にハツはぎょっとして身を引こうとしたが、案外腕を強く掴まれていて咄嗟に抜け出すことはできなかった。そのまま身動き取れずにいると、怪我をした腕がじんわりと温まってきた。刺すような熱さではなく、春風のようにさらさらと流れて肌を撫でていく温もり。その心地よさにうっとりしていると、不意に手が離れた。少年が肩を上下させて大きく息をしながらも、こちらを見上げたてにいっと笑ってくる。

『ほら、もう痛くない』

 腕を見ると、すっぱり切られたあの傷はまるで始めから何もなかったかのように消えていて、じんじんと伝わる不快な刺激もなくなっていた。

『……お前、なにしたんだ? 』

 少年は誇らしげに胸を張った。

『治したんだよ!ぼく、みんなのケガをなおせちゃうんだから!』

『けがを……治す? 』

『そうだよ!』

 初めて目にするその力の効果とその持ち主とを、ハツはまじまじと見比べた。それから首を捻る。

『なんで治した? オレいま、おかねもってないけど』

『いらないよ』

 少年はぶんぶんと首を横に振ってから、にっこりと笑った。

『こわいひとたちをたおしてくれた、お礼だよ!』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ