㉕見送り
真っ青な空から煌びやかな日の光が痛いほど降り注いでくる。銀箔を貼り付けたような水面がキラキラと光り輝いて、ヤコは眩しそうに目を細めた。振り返れば、ヤコを送り出すこの豪華絢爛な行列を一目見ようと集まった国民たちが歓声をあげている。
(とうとう……この日が来たのね)
長い行列が遠景に青く消えていく先を見つめる。今日、ヤコは隣国へと嫁ぐためにこの国を旅立つのだ。祝宴やら何やらが何日にもわたって催され、王都はお祭り騒ぎだった。しかし最後の催しであるパレードも終わり、ヤコはとうとうサンキレアス帝国へと向かう船へ乗り込もうとしていた。
パレードの中心では国王と王妃、そして行列を牽引してきたキーラがヤコを見守っている。国民たちもまた、目を輝かせて若き王女を見つめていた。
(さよなら)
にっこりと微笑んで手を振ってみせる。歓声が大きくなった。それから城の方をちらりと見て、今度は小さな声で呟く。
「さよなら、ヤク」
存在を秘されているヤクはこうした公の場には出れない。だから、ひと足先に王宮で別れの挨拶を済ませてきた。
「王女殿下、こちらへ」
従者がヤコを船へと促す。
「足元にお気をつけください」
差し出された手をとって、段差になっているところに注意しながら搭乗する。
(この船に何時間も乗って……そうして、私はここから離れてしまうのね)
故郷を離れるということが今になってようやく現実となって襲いかかってきた。
(もう遅いのに)
「では、私はこれで」
従者が手を離す。しかしその直前に、何かが手の中に滑り込んできた。
「?」
そっと手を開いてみる。そこには、赤を基調とした宝石を散りばめた懐中時計が置かれていた。
(これは……私がイペリエスに渡した……)
ヤコははっと顔を上げると、去っていく従者を呼び止めた。
「待って! あなた……」
すると従者はくるりと振り向いて、しぃーっと人差し指を唇の前に立ててみせた。
「ボク、時間に縛られるのってキライだから〜ソレはキミに返すよ。おっとイケナイ、忘れるところだった」
従者__イペリエスは懐から何やら取り出してヤコの方に投げてきた。
「! これって……飴?」
淡い赤色をした半透明のそれは、市場で売られていたゼリーのような飴とよく似ていた。
「ナイスキャッチ! ソレはボクのハイマ無し、特別ヴァージョンだからご安心を」
「どうして……」
イペリエスはチッチッと人差し指を左右に揺らしてにいっと笑った。
「ボクを愉しませてくれたお礼さ! キミの船路の暇つぶしにドウゾ!」
「……ありがとう!」
とびっきりの笑顔を向けてそう言えば、だいぶ遠ざかった人影は大きく手を振ってくれた。
(また持って行くものが増えちゃったわ……ふふっ)
思わず笑みが溢れる。飴、押し花、キサラソウ、そして__聖石。
(サンキレアス帝国へ行っても、私がメジアストのためにできることはいくらでもある。なんだってやってみせるわ……! 待ってなさい、海の向こうのお隣さん!)
◯◯◯
高らかな汽笛とともに船が遠ざかっていくのを見送って、チガヤは踵を返した。まだお祭りモードの民衆の間を縫ってなんとか人混みから抜け出すと、ようやく一息つけた。
(王子殿下……どうか、彼女を見守ってあげてください)
今は亡きヤコの兄、ユリディネス王子を思い浮かべてチガヤはそう祈った。生前、森によく訪れていた彼は植物への造詣が深く、歳の近いチガヤとはよく話をしてくれたものだった。自分とかけ離れた高貴な身である彼と話す時間は、けれど不思議と恐ろしさはなく、春の夕暮れに吹く風のように穏やかで心地よかった。それゆえに、彼が病に倒れ、闘病の挙句亡くなったと聞いた時にはどれほど嘆き悲しんだことだろう。
(せめてあの子だけは……)
そう思っているのはチガヤだけではないのだろう。ヤコの弾けるような笑顔を思い出して、ふっと口元が緩む。
(あの時の少女がまさか王女だとは思わなかったが……さすが王子殿下の妹君だ。聡明で優しい。サンキレアスでうまくやれるといいのだが)
そんなことを思いながら歩いていると、気付けばもういつもの、森の奥にある自分の小屋まで来ていた。どこか懐かしい気持ちで扉を開ける。だが、そこで足が止まった。
「やっほーチガヤ君、久しぶり。王女様のお見送り、楽しかったかい? 俺はねぇ、君とのお喋りをずぅっと楽しみにしていたのさ」
「……アスサ」
木造りの椅子にどっかりと座ったアスサは、片眉を上げてにやりと笑った。
「__で? わかったんだろうな、聖石の場所」
「もちろんさ。俺の腕を舐めないでよね、ミグ」
「舐めてない。ただ、遊びに夢中で聞き忘れたんじゃないかと思っただけだ」
「まっさかー! 子どもじゃあるまいしー」
アスサは鼻歌でも口ずさまんばかりの様子で声高に笑った。
「残念なお知らせさ。あの聖石はもうダメだね。王女様がサンキレアスへ持って行っちゃったらしいよ」
「サンキレアスへ?」
「そ。国外に持ち出されたんじゃ、環境の変化に耐性のない聖石は変質しちゃって、二度とこの国では使えないだろうね。やられたなぁ。あんな壊れかけの聖石、失ったって向こうは痛くも痒くもない。俺たちが機会を一つ失ったってだけなのさ。つまり俺たちは振り出しに戻ったってこと」
「その割には嬉しそうだな」
「べっつに〜」
アスサは思い出し笑いといった様子でぷっと吹き出した。
「あ〜今回は傑作だったよ! あれだけ虐めても何も吐かないもんだから俺もムキになっちゃってさ〜! 結局特能使っちゃった。チガヤ君の仕事人間っぷりと王家への盲信ぶりは死んでも治らないだろうさ」
「そりゃ残念だな。せっかく死んだのに」
「彼、ちょっと運悪いよね」
ミグロは少しの間の後、真顔で頷いた。
「よりにもよってお前に殺されるとはな。痛そうだ」
「ちょっと! 俺をハズレみたいに言わないでよね。どうせ遅かれ早かれ誰かしらに殺られてたんだから、俺が有効に利用して殺してあげたってのはむしろラッキーだろ?」
「まあ、抜かれた分の情報は抜き返したな」
「そそ。俺たちの顔、ばっちり見られちゃってたし? あとはあの五人も消せれば安心なんだけど、アルトニヤ当主が帰ってきたとなると面倒くさいなぁ」
「あいつらのこと、ルーヴィンも嫌いだって言ってたぞ。お前たちで組んだら?」
「冗談はよしこちゃん」
ふざけているのか真面目なのかわからない会話をだらだらと続けながら、二人の侵入者は夕闇の迫る街へと消えていった。




