㉓贈り物
「ア……アルテーズ公国⁉︎」
部屋の温度が一気に下がったような心地がした。固まってしまったヤクたちを落ち着かせるように、キーラは話す速度を緩めて説明を続けた。
「アルテーズ公国が俺たちメジアスト王国と古くから敵対していることはお前たちも知ってるよな? 今でこそアルテーズはメジアストの統治下にあるが、完全に制御できているわけじゃない。敵の敵は味方と言うからな。メジアストの監視をすり抜けて奴らがジェイストと組んでも不思議ではないし……あいつならやりかねん」
「え?」
キーラの最後の方の言葉はよく聞き取れなかった。しかしヤクが聞き返す前にヤコが尋ねた。
「そういえば、キーラさんたちトキジヤ騎士団が駐留していたのってアルテーズ公国よね? そっちでは何かなかったの?」
「そーだぜ、ちゃんと監視してたのか?」
ハツが乗っかる。するとキーラは神妙な面持ちで周囲を見回し、声を落とした。
「異常は、あった。アルテーズ公国の神政官が失踪したんだ」
「し、失踪⁉︎ モゴッ」
「声がでけぇ!」
思わず大声をあげたヤクの口をキーラが片手で塞いだ。
「まだそうと決まったわけじゃねぇ、そうっぽいってだけだ。向こうはあくまでまだ神政官がいる体でやってる」
「神政官?」
セナが首を傾げる。シキが説明を加えた。
「アルテーズ公国の実質的な為政者だ。形式上、アルテーズ公国のトップはメジアスト国王によって爵位を授けられたアルテーズ公爵、つまりアルトニヤ家当主となっているが、実際の国の運営はアルテーズの人間が行う……それが神政官だ」
「なんでそんな中途半端なことに?」
「そりゃ、侵略戦争の出来がイマイチだったからな」
そう言ってから、そこに関与したであろうキーラが目の前にあることを思い出してシキは気まずそうにそっぽを向いた。しかしキーラは気分を害した様子もなく、よく知ってるな、と軽く頷いただけだった。
「そいつの言った通り、アルテーズ公爵は名ばかりの役職だ。代々アルトニヤ家当主に授けられるものの、実際に現地にてアルテーズの監視を行うのは傍系一族に一任している。だが、最近はそうも言ってられなくなってな……。俺の方から陛下に頼んだんだ。アルテーズに赴き監視させてくれってな」
「そう、だったんだ……」
ようやくキーラによる押さえがなくなり自由に喋れるようになったヤクはそう呟いた。ハツが両手を頭の後ろで組んで伸びをする。
「でもよ、国民ほったらかしで失踪ってとんだ腰抜けじゃねぇか。そんな奴がトップってことはアルテーズも大したことないんじゃね?」
キーラはゆっくりと首を横に振った。
「本当にそんな腰抜けなら、俺だってわざわざ戻って来たりはしねぇよ」
「じゃあ、キーラさんはその神政官がメジアストに来たと思ってここへ?」
「そういうことだ。まあそれだけじゃないが」
「?」
キーラはヤコに優しげな目を向けた。
「ヤコ、お前がサンキレアス帝国に嫁ぐって聞いたからな。見送りぐらいはしねぇと」
「キーラさん……」
「まあ、俺が今何を言ったって意味ねぇと思うが……サンキレアスは良いところだ。気候や土地はメジアストに近ぇし国民も明るい。現皇帝には会ったことねぇけど、先代や補佐官たちは皆気のいい奴らだった。お前ならうまくやれると思うぜ? 何よりあの国なら女だって学びたい放題だ。どうせなら世界一の薬学者にでもなってやれ」
「……うん!」
ヤコはにっこり笑って大きく頷いた。と、ちょうどその時、コンコンと扉が叩かれた。扉越しに声が聞こえてくる。
「王女殿下、陛下がお呼びです」
「わかったわ。じゃあ、私行くわね。またあとでね」
「あ、待って!」
ヤクは出て行こうとしたヤコを呼び止めると、何やらごそごそとベッド脇の鞄を漁った。
「なあに? ヤク」
「これ」
ヤクは小さなカードの束ようなものを差し出した。一番上にあった一枚を手に取って、ヤコははっと息を呑んだ。
「これって……押し花?」
「うん。メジアストにしかない花を集めて作ったんだ。チガヤさんのみたいに生きてる花じゃないけど……」
「ありがとう、ヤク……。とっても、とっても綺麗だわ!」
一枚一枚をめくって陽の光にかざしながら、ヤコは声を震わせた。
「よかった……。ねぇヤコ」
「ん?」
ヤクは、ヤコの目をぐっと覗き込んで目を合わせた。
「ヤコがどこに行っても、家名が変わっても、何があっても、ヤコはヤコだよ。僕の家族で、父上と母上の子どもで、兄上様の妹で、僕たちの仲間だよ。ひとりぼっちだと思ったら、この押し花を見て、そのことを思い出してね」
「ヤク……」
「ヤクの言う通りだぜ」
ハツが頷く。セナも、シキも、キーラも、力強く頷いてみせた。
「ありがとう……ありがとう、みんな」
ヤコは涙を拭うと、ぱっと花の咲いたような笑顔を浮かべた。




