⑳悪い台詞/悪い人
ヤコの手から聖石が飛び出そうとしたその時だった。
「絵に描いたような悪役台詞吐く奴が革命掲げてんじゃねぇよ」
どうっと風が吹いたかと思うとアスサの剣が空高く舞った。
「アスサ!」
黒コートの男がアスサの腕を引いた。同時に、カン、と甲高い金属音が鳴ったかと思うと、何かが弾けるような音がした。一瞬遅れて、アスサの持っていた探知器だったものが破片となって目の前を舞った。
(一体、何が……)
ヤコは唖然として目の前に現れた大男を見上げた。日の光をすっかり隠してしまうのではないかと思うほどのその男はくるりとヤコの方を振り向いて手を伸ばした。
「大丈夫か、ヤコ。遅くなって悪かったな」
炎が揺らぐように、赤みを帯びた茶髪が長い弧を描いた。屹立する大木のようにがっしりとした長身の上から、鋭くも温かな瞳がこちらを見つめる。彼は、ヤコにとって最も馴染み深い騎士だった。
「え……キーラ、さん……⁉︎ 」
ヤコの兄、故第一王子ユリディネスの専属護衛騎士であり、騎士団団長である彼はヤコやヤクにとってもう一人の兄のような存在だった。
「うわ……どうします? リーダー。一番ヤバいのが来ちゃったみたい」
「戦うのは得策ではないだろう」
そう言うなり男は、剣を腰に付けた鞘にしまった。
「おう、流石の判断力だな。お前がお頭か」
「…………」
無言で睨み合うだけの二人に、ヤコは耐えきれなくなって声をかけた。
「キーラさん? 捕まえないの?」
「今回はナシだ」
「ナシって……この人たちを見逃す気なの⁉︎」
「んなわけねーだろ。でもな、あー……お前にゃ聞こえねぇか。こいつらの仲間があと二人ここに向かって来てるんだ。そこの白い奴よりずっと腕は立つ。俺一人なら問題ないが、お前たちを守りながらってなると万が一のリスクは否めないからな。妥協だよ」
白い奴呼ばわりされたアスサは憤慨した様子で眉を吊り上げたが、黒コートの男に制されて無言を貫いた。男はコートを翻すと、歩いて来た方向へと足を向けた。と、歩きながら不意に横を見やって声を上げる。
「イオ、ミグロ。今回は引き上げだ」
「え、なに? 二人ともそこにいたの? 俺だけ仲間外れにして〜あ、待ってよリーダー!」
「ま、待って!」
「へ?」
駆け出したアスサをヤコは思わず呼び止めた。
「あなたたち、なんで私を殺さなかったの? さっき、私を殺せば簡単に聖石を奪えたのに……。私が王女ってわかってたのなら尚更……」
ヤコは胸に一抹の期待を抱かずにはいられなかった。革命派と王家。それは決して相容れる二項ではない。しかし、もしもジェイストが話で聞くような革命組織ではないのだとしたら。王家に特段の敵意を向けているわけではないのだとしたら____。
けれどそんな淡い夢を見透かしたかのように、アスサはへらっと笑った。
「自分より小さな女の子を殺すのはさすがに寝覚めが悪いからさ。それだけですよ、優しい王女様」
「あ? 誰もいねーじゃん」
「来るのが遅かったかぁ……」
茂みをガサガサと揺らして現れたハツとセナは、一同を見るなり拍子抜けしたような声をあげて立ち止まった。
「ハツ! セナ! 来てくれたのね!」
「ヤコさん! チガヤさんも! 無事でよか……あ」
綻んだ口元がたちまち凍りついていく。ハツはそんなセナの肩を掴んで揺らした。
「どうしたんだ? セナ!」
「あ、あ、あの人……僕が見た、悪い、人……!」
セナは青ざめた表情で、ヤコの隣に立つキーラをビシッと指差した。
「あ? 俺?」
「セナ、この人は……」
「なるほどな、そいつらの目は誤魔化せてもオレたちの目は誤魔化せないぜ!」
ハツは目をギラリと輝かせてキーラに斬りかかった。
「ハ、ハツ⁉︎」
ヤコが驚いた声をあげたが、そんなことでハツが止まるはずもない。剣とともに鋭い一直線となってキーラに迫っていく。傍らに立つチガヤは驚きと困惑とで顔色を失っていた。しかし当のキーラは片手で剣を構えると、ハツの攻撃を軽くいなしてみせた。
「何⁉︎」
「お前なぁ、ガキの割にパワーはあるが、そんな振り方じゃあ動物と変わんないぜ?」
「な、なんだと……」
怒りに言葉を失ったらしいハツがぱくぱくと口を開く。その隙にすかさずチガヤが割って入った。
「ハツくん、落ち着くんだ。この方は曲者なんかじゃない。王国の剣、トキジヤ騎士団団長で二大騎士団総督のアルトニヤ家当主、アルテーズ公キーラ様だ」
「え……」
ハツはぽかんとして目の前の男を見つめた。
「アルトニヤ当主……ってことは、お前、オレの兄貴、か……?」
今度はキーラがぽかんとする番だった。
「兄貴って……お前、まさか、俺の弟なのか……? 確か名前が……ハクだったか」
「ハ、ツ、だ! クソ兄貴!」
「えーっと……」
チガヤが助けを求めるようにヤコを見た。ヤコはため息をついて、置いてけぼりにされているチガヤとセナのために説明を始めた。
「まず、チガヤさん、ちゃんと名乗っていなかったけど、ハツもアルトニヤ家の一員なの。直系一族で、現当主キーラさんの実弟よ。ただね、二人は随分と歳が離れていて、ハツが生まれた頃にはキーラさんは王宮での仕事や遠征で家を空けていたから、二人にはほとんど面識がないの。それで、こんなことになってしまったわけなのよ」
「面識がないって……お兄さんなのに……?」
セナが信じられないという風に呟いた。チガヤは、貴族とは難儀なものだな、などとなぜか納得したように頷いている。
「それと、チガヤさん。これ……」
ヤコは握りしめていた手を開いて聖石を差し出した。傾き始めた陽の光を受けて瞬く小さな石を、チガヤは愛おしそうに見つめた。
「王女殿下。アルテーズ公、ハツ様、セナ様。改めまして、聖石と私をお守りくださったこと、心より感謝申し上げます。そしてどうか、数々の無礼をお許しください」
深々と頭を下げられて、ヤコはびっくりして後ずさった。
「そんな……私の方こそあなたに何度も助けてもらったわ。今回も、昔も……」
「……」
ヤコがじっとチガヤを見つめる。チガヤは困ったような顔をしていたが、それでも目を逸らしはしなかった。
「どうかこれからも、聖石を、この森を守ってくださいね」
「……王女殿下」
だが、差し出された聖石をチガヤが受け取る前にキーラが口を挟んだ。
「ヤコ。そのことなんだが……」




