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一翼のハイマヴィス  作者: かる
聖石争奪戦
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⑲黒い男

 「あの茂みの先を抜ければ、王宮へと続く一本道へと繋がります。もう少し走れますか? 王女殿下」

「私は平気よ。それより、王女殿下って言うのはやめてほしいわ。前みたいに普通に話しましょうよ」

「しかし……」

 口籠るチガヤを見てヤコは内心ため息をついた。ヤコが王女だとわかった今、王家への忠誠心が厚い彼だからこそ礼儀を欠くような真似はできないのだろう。ハツに加えて、最近はシキやセナなど身分を超えて接してくれる人たちに囲まれていたので、こんな反応が普通なのだということをつい忘れてしまっていた。

(まあ仕方ないわよね。それより今は、この聖石を守り通さなきゃ)

 ヤコはぐっと聖石を握る手に力を込めた。ところが突然、チガヤが足を止めた。そのまま腕を上げてヤコを制止する。

「どうしたの?」

「……やはり、このまま逃してはくれないようです」

 チガヤが眉を顰めて前方を睨み付ける。その目線の先の木陰から、黒い人影が姿を現した。

「二人だけか。人員不足はお互い様のようだな」

 黒いロングコートを身に纏った男は、静かにそう呟いた。表情の薄いその顔の中で鋭い眼光だけが容赦なくこちらを射抜いてくる。夜の闇を写し取ったかのような真っ黒な長髪は縛り上げられて影のようにゆらゆらと揺れていた。

「聖石を渡せ」

 血色の悪い顔からは年齢が読み取れなかったが、声の感じからすると案外若いらしい。木漏れ日の中でなおのこと黒く際立つその男を、ヤコは挑むように見据えた。

「はいどうぞ、なんて言うとでも?」

「言わんだろうな。ならば奪うしかない」

 男は一気に間合いを詰めると、剣を引き抜いて斬りかかってきた。

「危ない!」

 チガヤが手を伸ばす。が、男はひらりとそれを躱すとヤコに剣先を向けた。ヤコはぐいっと上半身を後ろに反って避けると、そのまま後ろについた手を軸にして相手を蹴り上げた。しかしそこに手応えはない。男もまた間一髪でそれを避けると、一瞬遅れをとったヤコの隙をついて仰向けに組み伏せた。

「聖石を握ったままでは戦いづらいだろう。渡せ」

「嫌よ!」

 駆け寄ろうとしたチガヤを振り返ることなく、男はヤコの首元に剣を突きつけて彼を牽制した。

「よせ! 聖石はお前たちのような者に扱える代物ではない!」

「それはお前たちのことだろう。俺たちとお前たちとは違う」

 男は抑揚のない平坦な声で続けた。

「聖石の持つエネルギーの人為的利用が困難なことも、この聖石が壊れかけであることも、知っている。全て知った上でこうしている。従ってお前たちが如何な理由を挙げようとも、それは俺たちが聖石を断念する理由にはならない。無駄な説得はやめた方が良い」

 男はヤコの手のそばに自分の手を近づけると、物を受け取る時のように軽く開いた。

「聖石を渡せ。お前たちには不要な物だろう」

「不要だろうが何だろうが、あなたたちの手に渡るのが問題なのよ!」

 ヤコはブンブンと首を振って抵抗した。男の眉間に微かに皺が寄る。

「ならばお前は俺に殺されるしかない。それでいいのか」

「いいわけないでしょ!」

「そうだろうな。聖石を渡せ」

 何度目かになるこのやり取りにヤコは薄気味悪さを感じた。

(何なのこの人……。剣先にはこんなにも殺気が溢れているのに、瞳は凪いだ水面のように穏やかだわ……まるで底が見えない……)

「あーあ、やっぱこうなってるよねぇ。やっぱり必要なんじゃない? 俺のコミュ力講座」

 場違いな明るい調子の声が聞こえて、ヤコは思わず身をこばわらせた。

「あ、あなたは……」

「アスサ。遅かったな」

 男がまたも振り向くことなく話す。アスサはやれやれと言った様子で肩をすくめると、目の合ったヤコにウインクしてみせた。

「なぜ……ヤクは……あなたが追っていった人たちをどうしたの⁉︎ 」

「ああ王女様、今度こそ本物にお目にかかれたようで嬉しいよ。ご心配なく。あの変装名人くんはうちの新人くんと仲良くやってる頃だろうよ。助けに来た勇敢なお友達と一緒にね」

「…………」

「アスサ、余計な口は慎め」

「はぁい。口は災いの元、ですもんね。でも、お喋りついでに一つ教えてあげますよ」

 アスサはさっと懐から短剣を取り出すと、素早くチガヤの首筋に突きつけた。

「チガヤさん!」

「脅すならこっちの方が早い場合だってあるんです、リーダー。これ、アスサ先生のコミュ力講座①ね」

 まるで教師のようににっこりと笑うアスサは、そのままぐいぐいとチガヤの首元に剣を押しつけた。

「またこのパターンだねぇ。ま、今回聖石を投げるのは君で、受け取るのは俺だけど」

「……なんて卑怯なの」

「善良な馬鹿より余程有用だろう? さあ早く。この男が殺されてもいいのかい?」

「王女殿下! 私のことはどうかお気になさらず!」

「何言ってるの⁉︎ そんなことできるわけないでしょ⁉︎」

「どうかご意志を貫いてください。私なんぞの命のために代々守り通してきた聖石が悪党に渡ったとなれば、先祖にも王家にも顔負けできません。どうか私の魂を救うと思って……」

「おーおー、泣けるプロ意識だねぇ。王女様、こんな健気な臣下をみすみす見殺しにしていいのかい? そんな大した価値もない石ころのためにさぁ」

「…………」

 黒コートの男に押さえつけられたままのヤコは、ただアスサを睨みつけることしかできなかった。アスサの短剣は容赦なくチガヤの首に食い込んでいく。

 ヤコは震える手をゆっくりと持ち上げた。アスサがにやりと笑う。チガヤが悲しげに首を振った。

(ごめんなさい、チガヤさん。でも、こうするしかないのよ)

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