⑱偏見
(くっそー! あいつらオレを何だと思ってんだ)
森の奥へと走りながらハツは苛立ちを腹に煮えたぎらせていた。
逃げ出したアスサを追ってシキがいなくなった後、イオとミグロの二対一という勢力図になったハツだったが、それ自体は問題ではなかった。だがそれは向こうも把握済みのようで、彼らは取引を持ちかけてきた。いや、取引というより脅迫で、要は近衛騎士団の命が惜しくばミグロを解放せよとのことだった。どうやらチガヤと結束していた近衛騎士団を、殺さずにとっておいたらしい。さすがに騎士たちを見捨てるわけにもいかず半信半疑で了承すると、意外にも相手は先に騎士団を解放してみせた。恐らく彼らにとって近衛騎士団の命など心底どうでも良かったのだろう。先方が約束を守ってきたのだから、こちらも守らざるを得ない。変なところで騎士らしい矜持を持つハツはミグロを解放し、お互い後腐れなくお別れとなったのである。
『せっかく近衛騎士団をまるっと人質にしたのに、条件がこいつ一人の解放なんてもったいなくないか? もっと色々要求しちまえばよかったのに』
何の裏もなくただ思いついてハツがそう尋ねると、イオは真っ直ぐな瞳で説明してきた。
『あまりに要求を大きくすれば、あなたは仲間を見捨ててでもこちらに刃を向けかねない、と判断されたのでしょう。アルトニヤは、王家以外を守らないと聞きますから』
すぐにでも怒鳴り返そうとしたが、小さな子どもに怒鳴り散らす年上騎士という図に対してミグロがあり得ないほど悍ましいものを見たような顔を向けようとしてきたのでなんとか堪えた。しかしその分、煮立った怒りは身のうちで燻り続けている。
(あのガキ、覚えてろよ……いや待て、あの口ぶりじゃああのガキに指図した奴が他にいるっぽいな……)
珍しく冷静に相手の言動を分析し始めたハツは、周囲への注意が疎かになっていた。そのせいで、茂みから飛び出してきた人影と危うくぶつかりそうになった。
「うわ! 危ねぇな!」
「ごめんなさい! ……て、はーくん⁉︎ 」
「あ、セナ!」
大げさに後ろにのけぞって転びかけていたのは、先程ヤコたちを追いかけて行ったはずのセナだった。
「セナ、なんでこんなところに? ヤコたちは一緒じゃないのか?」
「ヤコちゃんには、ヤク君たちを助けるように言われて……」
「じゃ、ヤクたちは?」
「色々あって、ヤク君が大怪我しちゃったから、シキ君が今王宮に連れて行ってくれてる」
「はぁ? なんだそれ?」
ハツは顔を顰めた。
「大怪我だあ? そんなんお前の特能で治しちまえばいいだろ」
「それがね、ヤク君には僕の特能が効かなかったんだよ」
「あ? なんでだよ?」
「それは……よくわからないけど」
シキに教えられた仮説はあったが、それを今ハツに話す気にはなれなかった。ハイマがないかもなどと言えばまた何やら騒ぎ立てるに決まっている。
(あーあ、はーくんにシキ君の冷静さが少しでもあったらなぁ)
「それよりはーくん、どこに向かってるの?」
「オレ? ヤコたちのとこだよ、どうせジェイストの奴らもそこにいるだろ」
「どの辺かわかるの?」
「さあ? まあ森の奥の方行けばいるだろ」
理論攻めのシキとしばらく一緒にいたセナにしてみれば随分と大雑把な返事にも思えたが、考えてみるとハツの超人的な視力、聴力、よくわからない第六感らしきものを駆使すれば確かにどうにかなるのだろう。だんだんといつもの「セナ」に戻ってきて、セナはハツに一歩歩み寄った。
「そうだ、はーくんに伝えとこうと思ったことがあったんだった」
「ん? なんだ?」
「僕がシキ君と別れてここに来る途中にさ、怪しい人がいたんだよ」
「何だと⁉︎ どんな奴だ⁉︎ 」
「すっごく大きな男の人で……ちらっとしか見えなかったけど、目がこんな風に吊り上がってて、とっても悪そうだったよ……たぶん、ジェイストの仲間だよ!」
セナは目の端をぐいっと指で押し上げてしかめ面をしてみせた。大きな丸っこい目でそうやっても変顔くらいにしか見えなかったが、ハツは真剣な顔で考え込んだ。
「確かに怪しいな……。だいたい、そいつが良い奴か悪い奴かってのは顔に出るもんだ。よく気付いたなセナ。備えあれば何とやらだ、逆にそいつを待ち構えてオレが切り裂いてやる!」
「さっすがはーくん!」
ハツもまた人のことを言えない人相だということに気付く者はこの場にはいなかった。




