⑯無力
予想だにしなかった言葉に、シキは強張った声で聞き返すのがやっとだった。
「……何?」
セナは今にも泣きそうな顔で訴えた。
「特能をかけてもかけても……ちっとも効かないんだ、ヤク君の身体に入ってくれない……なんで……?」
「……まさか」
シキは人差し指を覆っていた手袋の布部分を噛みちぎると、剥き出しになった指の腹を地面に擦り付けて切り裂いた。そして血の滲んだその指先を、治してみてくれ、とセナに突き出した。言われるままにセナが手を当てると、すうっと溶けるように傷が消えていく。
「お前の特能の問題じゃなさそうだな。ヤクの方が問題なんだ」
「ヤク君の……?」
「ああ。こいつは前から、他人の特能が効かなかった。そういう特能なのかと思っていたが、こんな瀕死の状態で特能が使えるはずない」
「じゃあ、どうして……」
「ヤクに特能を使おうとして……どんな感じがした?」
「感じ?」
「なんでもいい、感覚的なもの、直感的なもので構わない。何か違和感がなかったか?」
「違和感……ああ確かに、なんだか空振りしてるみたいな……。いつもは僕のハイマが相手のハイマに結び付いて回復を促進させる、そういう手応えがあるのに、ヤク君に対してだけは結び付いた感じがしなかったんだ。まるで何もないところにハイマを送り込んでいるような……」
「何も……ない……」
(まさか……まさかヤクは……)
「シキ君? 何かわかったの?」
「これは……あくまで推測だが」
シキはヤクの身体に目を落とした。
「ヤクはハイマを持っていないのかもしれない」
「……え?」
セナが目を見開いた。
「ハイマを……持ってない……? そんなの、そんなのあり得ないよ……。だってハイマは、生きとし生けるもの全てが持つ生命エネルギー……。ハイマを持たない人なんて、血を持たない人間と同じだよ……」
「そんなことわかってる。だが、昔読んだ文献にあったんだ。ハイマを持たない状態で肉体を維持することは理論上不可能ではないと。ハイマを無くすと死ぬという図は、体がその変化に耐えられないために起こるだけだと……。そこで行われていた実験では、人間じゃなく小動物が使われていたようだが。生存率は著しく低かったものの、成功例はあったらしい」
「そんな……でも、じゃあ本当にヤク君がハイマを持っていないとして、なんでそんなことに? 生まれつき? それとも……」
「さあな。とにかく今はこんなこと言ってる場合じゃない。理由はどうあれヤクにお前の治癒能力が効かないんだ。早く処置して王宮へ運ばないと……ヤクが死ぬ」
死ぬ、という言葉にセナはびくっと肩を震わせた。
「でも……じゃあ、どうすれば? 今から運んだって、このままじゃ王宮に着く前にヤク君は……」
「……」
(何かないのか……! こいつの命を繋ぎ止める方法は……!)
考えている間にも体温を失っていく身体が鉛のように重みを増していく。シキはぐしゃぐしゃと前髪を掻きむしった。
(クソッ! 俺は……俺はこいつ一人助けることもできないのか!)
セナのように治癒の特能があるわけではない。チガヤのように治療に慣れているわけでもない。ヤコのように薬草の知識に優れているわけでもない。今まで知り合ってきた誰よりも頂点にあると自負していた自分自身が、今この場において最も無力であることをシキは認めざるを得なかった。
「ああ……ヤコちゃんさえいれば……」
セナが悲しげな声を上げる。
「もっと特徴を聞いておけばよかった。キサラソウ……」
シキははっとして顔を上げた。
「何だと?」
「外傷に効くのかはわからないけどさ……でもキサラソウがあれば、もしかしたら……って思っちゃうじゃん……」
セナが消え入りそうな声で答える。シキはぐいっと身を乗り出した。
「それだ! よく言ったセナ!」
「え?」
「キサラソウを探すぞ!」
「え、ええ〜⁉︎」
(幼いヤコが兄の病状を正確に把握しチガヤに伝えたとは考えづらい。それでもチガヤがキサラソウを持たせたということは、効能は絞られたものではなくそれなりに幅のあるもの……。ならば外傷によるダメージにも多少の効果は望めるかもしれない……いや、それに賭けるしかないんだ)
「でもシキ君、キサラソウの外見がわからないんじゃどうにも……」
「わかるだろ、明らかに他と違う外見の特徴があるんだから」
「え?」
「夜にだけ咲く、こいつの瞳と同じ色の花だよ」
「あ、そっか!」
一瞬顔を輝かせたセナだったが、またすぐにしゅんと肩を落とした。
「でも今はまだ昼だよ……お日様はあんなとこいるし、とてもじゃないけど夜まで待ってられないよ」
「待つわけないだろ」
シキは手袋の指先が切れていない方の手を翳して、空を見上げた。
「夜にしちまえばいいんだよ」




