⑩捨て駒
「で、根元にあるのはわかったけど……どうやって取り出す気? 俺も君もそんな道具持ってきてないけど」
「僕の特能を使う。君も手伝ってくれないか」
「ふぅん。いいけど」
「二人は下がっててくれ」
チガヤはそう言ってヤコたちを後ろへ下がらせると、自分はアスサを連れて大木の方へ歩み寄った。ヤコはなんとか拘束を振り解こうと身を捩ったが、やはり無駄だった。
(ヤクたちはきっと来てくれる。さっきの言い合いで時間も稼げたはず……お願い、早く来て……!)
しかしヤコの必死の願いも空しく、チガヤは大木の元に辿り着いて懐に手をやった。それでも思わず声のかぎり叫んでしまう。
「待って、チガヤさ……」
「なんてな、渡すわけないだろ」
と、突如チガヤはアスサに飛びかかった。
「え……」
目の前の光景にヤコは目を見開いた。チガヤが懐から取り出した短剣は、素早くアスサの腕を切り裂いた。赤い血飛沫が弧を描いて宙に舞う。
「ちっ避けたか」
チガヤは舌打ちすると、切りつけた勢いを保ったままアスサの首元に剣先を突きつけた。アスサの口元が一瞬歪む。
「へぇ……そういうことするんだ、君」
そう言うとアスサは肩をすくめて両手をあげた。チガヤがヤコの後方を睨む。
「お前も、その子を離せ」
「チガヤさん……」
徐々に状況が呑み込めてきて、ヤコはなんとも言い難い喜びが胸の奥から迫り上がってくるのを感じた。
「巻き込んですまなかった、ヤコさん」
「じゃあはじめから、このつもりで……?」
チガヤは、ヤコがよく知る眼差しで微笑んだ。
「僕はこの森を……そして森を守るこの仕事を愛している。命に替えても、こいつらの思い通りにはさせない」
「……そう、」
口元に思わず笑みが溢れる。だが、突然手首に痛みが走った。振り向けば、ヤコを拘束していた男は解放するどころがさらに力を込めてヤコの動きを封じていた。チガヤが鋭い眼光を向ける。
「何度も言わせるな。早く彼女を離せ。こいつがどうなってもいいのか?」
アスサの首元で短剣がちらちらと木漏れ日を反射する。と、アスサがぷっと噴き出した。
「⁉︎」
「いやー君がそこまで生粋の仕事人間だったとはね。まあ……知ってたけど」
「何?」
アスサは上げていた右手をポケットに突っ込むと、何やら金色の装飾の施されたブローチのようなものを取り出した。ヤコがはっと息を呑む。
「それは近衛騎士団の勲章……! なぜあなたが……」
チガヤは食い入るようにその勲章を見つめていた。その顔からみるみるうちに血の気が引いていく。
「まさか……お前ら……」
「俺たちの取引の邪魔になりそうだったからさ、俺の仲間が静かにしといてくれたんだけど……君のお仲間だった? ごめんネ」
そう言ってアスサは、首元で震えるチガヤの短剣を払った。
「君がこうしたのを合図に彼らが俺たちを捕らえる気だった? 残念だけど、この程度の騎士たちじゃあ俺たちの相手にはならないんだよなぁ……。無論、君一人の力じゃもっと無理だけど」
チガヤは信じられないという顔で後ずさった。
「王宮の……王宮の騎士団だぞ……そこらの警備隊じゃない……お前らは、どれほどの戦力を……」
アスサはそんなチガヤを可笑しそうに見やって、揶揄うような口調で言った。
「う〜ん、ここまで案内してくれたお礼に教えてあげるよ。君が言ってるのは国王直属のトキジヤ騎士団のことだろ? アレは確かに一筋縄じゃいかない、団長はアルトニヤの当主だしね」
ヤコの後ろで男がムッとしたのが気配で分かった。けれどアスサはどこか得意げに続ける。
「でも残念、君が律儀に俺たちのことを報告した王宮は、トキジヤではなく近衛騎士団を派遣したのさ。君の望む騎士団より数段劣る奴らをね」
「そんなはずはない! かつてここに足を運んでくださった王子殿下も、その護衛騎士を務められていたトキジヤ騎士団の現団長も、この森の重要性を理解してくださっていた!」
「!」
ヤコは肩がびくりと震えるのを抑えられなかった。
(チガヤさんは、お兄様たちと知り合いだったんだわ!)
アスサはいきり立つチガヤに冷たい目を向けると、口元だけで笑った。
「でも、知らなかったんでしょ? トキジヤが来ないってこと。所詮、王宮にとって君はその程度の存在……使い捨ての駒にすぎないのさ」
「……そんな、はずは」
がくり、と力の抜けた声でそう呟くと、チガヤは呆然としてアスサの手の勲章を見つめた。




