⑨瞳の色
「ここだ。この木の根元に聖石は埋まっている」
チガヤは不意に立ち止まって、目の前に聳える大木を指差した。
「土の中、ねぇ。単純だけど見つかりにくいわけだ」
アスサが満足げな笑みを浮かべる。後方からその様子を見ていたヤコは、キッとチガヤを睨みつけた。
「チガヤさん、本気なの⁉︎ 聖石をこんな人たちに渡したらどうなるか……」
「君、聖石を知ってるのかい? 物知りだね」
アスサが意外そうに片眉を上げる。しまった、とヤコは内心焦った。ヤコは聖石のことを直接知っていたわけではない。だがこの森を散歩した時、兄が言ったのだ。
__この森を、ずっと守っていかねばならないね。それが王族としての務めの一つなのだから……
(お兄様が言っていたのはきっと、『聖石』のことだったんだわ。どういうものなのかはわからないけど、大切なものなのは間違いない。絶対に__守ってみせる!)
ヤコはアスサを無視して、再びチガヤに語りかけた。
「なぜ? あなたは国王からこの森の管理を賜った名誉ある役職のはずよ。王家に仇をなすようなことを、どうして……」
「名誉だけじゃ腹は膨れないんだよ、お嬢ちゃん」
チガヤは今まで見せたことのない、冷たい微笑みを浮かべて言った。
「森の管理ってどういう仕事か分かるかい? 日が昇っても沈んでもこの森に閉じこもったきりで、街に溢れかえるあらゆる娯楽とも無縁の生活さ。退屈も退屈。だがたまに街へ出掛けたって、飢えた心を十分に癒せるほど娯楽に興じられるような持ち金は頂いていないんだよ。あまりに悲惨じゃないか」
ヤコの中で何かが崩れたような気がした。
(……こんな人だと、思わなかった)
全身の感覚があやふやになって、よろめく。ヤコを捕らえていた男は少し驚いたように身動きした。それでもヤコは、無理やり足に力を入れてチガヤを見上げた。冷ややかなその視線が、ぼやけたり鮮明になったりを繰り返して明滅する。
「どうして……あなたは……昔のあなたは……」
あんなにも優しい眼差しをしていたのに。
「ん? 君、この子の知り合い?」
「いや……昨日初めて会ったが」
ヤコの中では確信があった。セナの手当てをする指遣いや棚にきちんと並べられていた薬草の瓶に、碧く浮かび上がる花の夜が見え隠れしていた。
(でも、変わってしまったのね)
ヤコは悲しげに目線を落とした。大人しくなったヤコをフードの男が見下ろす。アスサはふっと視線を外して大木の方へ目をやった。だから、チガヤの瞳に一瞬悲痛の色が浮かんだのには誰も気が付かなかった。




