⑦ニコイチで取引
朝の森は夜とは違った静けさで満たされていた。先程喋りながら通った道を息を殺して歩いていく。行先を明るく照らしてくれる木漏れ日は、今や自分たちの姿を何者かに晒し出すやもしれぬ不安を煽るものでしかなかった。と、先頭を歩いていたシキが不意に立ち止まった。そのままヤクたちを振り返ることなく、手で止まるよう合図して中腰になる。
シキにならってヤクたちも身を屈めた。姿勢を変えて視界に飛び込んできた光景にヤクは思わず息を呑んだ。茂みの隙間から人影が二つ見える。一方はチガヤ。もう一方はフード付きのコートを着ていて顔はよく見えないが、その出立ちには見覚えがあった。
(ハツくんの言う通り、学園の地下通路で会った人だ! 確かアスって呼ばれてた……)
話し声が風に乗って聞こえてくる。五人はじっと耳を傾けた。
「まさか君みたいな人が僕たちに与するとはね」
「言っただろう、アスサ。僕は森の管理人。王宮で優遇されている貴族たちとは違うんだ」
相変わらずどこか挑発的な話し方をするフードの男__アスサに対して、チガヤが皮肉っぽい調子で答える。アスサはふっと軽く笑った。
「苦労するねぇ、お互い。で、早速本題に入るけど……」
アスサがすっと右手を差し出す。
「聖石を頂戴」
(聖石……⁉︎ )
聞いたことのない単語にヤクは内心首を傾げた。思わずシキを見ると、彼は眉根を寄せて頷いてみせた。どうやら随分と重要なものらしい。
(それを、チガヤさんが持ってるの……?)
チガヤは差し出された手を無言でじっと見つめていたが、やがてゆっくりと首を振った。
「まだ渡せない。金が先だ。そちらが先に誠意を見せるのなら、僕も聖石のある場所へ案内しよう」
「信頼されてないねー俺たち。ま、いいけど」
アスサはわざとらしく肩をすくめると、懐から革袋を取り出した。ずっしりと重みのあるそれを受け取って中身を確認したチガヤは、満足げに頷いた。
「いいだろう。ついて来い」
チガヤが歩き出す。しかしアスサは動かなかった。
「待ってよ。その前にさー」
「いたッ」
突然ヤコが悲鳴をあげた。はっとして振り返れば、ヤコの腕をフードの男が締め上げている。
「ヤコ!」
「き、君たちは……」
チガヤが目を見張った。アスサは得意げに笑ってこちらに視線を投げている。
「お話に混ざりたいんならもっと早く来てくれなきゃ。ミグ、その子こっちに連れてきて」
「ちょっとッ離しなさいよ!」
無言で立ち上がったフードの男に引っ張られて、ヤコも無理やり立たされた。腕を掴むその手を振り解こうとするものの、一回り上背のある男相手に先手を取られて押さえつけられては、流石のヤコも簡単には抗えない。ハツがフードの男を見て舌打ちをする。
「お前も学園にいた……ちっ、お前らニコイチかよ」
アスサは鼻で笑った。
「そんな顔で人を睨むもんじゃないさ。言っとくけど、余計な動きをしたらその子が真っ赤になっちゃうよ」
捕まったままのヤコを見てハツがぐっと言葉に詰まる。アスサは笑みを浮かべたままチガヤの方を振り返った。
「君の家に地下室があったね? そこにこいつら閉じ込めといて。終わったら出発だ」
「……ああ、わかった」
落ち着きを取り戻したらしいチガヤは無表情で頷いた。




