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一翼のハイマヴィス  作者: かる
聖石争奪戦
39/96

①夜更けの冒険

__キサラソウ? 

__この森にだけ生えてる特別な花なんだよ。ほらごらん、段々と色づいていくだろう? 

__わあ、光ってる! きれい! 

__夜になると、お日様の代わりにこうして元気になるんだ。君のお兄さんも、きっとこんなふうに元気になるよ

__うん! 

__さあ、もうお帰り。すっかり日が暮れてしまう前に。森の出口まで案内しよう

__ありがとう、おにいさん! またね! 

__うん、またね



◯◯◯



 すっかり夜に沈んだ街には、物音ひとつ残されていなかった。ただ湿った風が時折音もなく通り過ぎては、帽子の先に吊るされたアクセサリーをかちゃかちゃと揺らしていく。ブーツの下が煉瓦の敷かれた歩道から剥き出しの土へと変わったのを感じて、イペリエス__いや、ヤコは足を早めた。

(うまくいったわ。ありがとうイペリエス)

 朝の街へのお出かけは、結局バレてしこたま叱られることになった。本当はもっと早くに戻り、皆がまだ寝静まっている間に各々の部屋に着いている算段だったのだが、ヒルトやイペリエスの件があって王宮に戻ったのは結局昼前だった。従者たちの焦りようといったら筆舌に尽くし難いほどだったようで、ヤコたちの帰還が知れるや否や国王付きの臣下がすっ飛んできて長々と説教を始めた。ようやく解放された頃には日が傾いていた。

(ヤクたちには申し訳ないことをしたわ……でも、その甲斐はあった)

 入れ替わりの特能を持つイペリエスと出会えたのは思ってもみなかった収穫だった。半ば脅すようにして取り付けた約束ではあったが、彼はこの真夜中の入れ替わりをきちんと果たしてくれた。今頃彼はヤコの姿で王宮の部屋にいるのだろう。

(勝手に出れないように鍵を閉めたこと、伝えた方が良かったかしら)

 王宮内の個室や客室といった部屋は、外からも中からも鍵が掛かるようになっている。そしてその鍵の位置は部屋の持ち主しか知らないのだ。

(気づいたかしら、私がこの国の王女だということ……メジアストの国民ではなさそうだったけど)

 カタコトの喋り方を思い出す。それに、袖を少し捲ってみれば、エメラルドグリーンの生地の裏地に深い赤。といっても今はほとんど闇夜と見分けがつかないが。メジアスト王国において赤色、特に深紅は不吉な色とされ忌み嫌われている。どんなに奇抜なファッションを好む者であっても、赤色のものを身につける国民はいない。

(綺麗な色なのだけど、ね)

 ふっとあたりの空気が変わったような気がして顔を上げる。月の薄明かりの中で黒々とした木々が浮かび上がっていた。記憶よりも近いその葉の匂いに、夏が迫りつつあるのがわかる。

(久しぶりね)

 ぽっかりと深い闇を生み出す森へ、ヤコはそっと足を踏み入れた。


 しんと静まり返った街とは違い、森は常に微かな音で満ちていた。夜風に撫でられた葉叢や暗闇に潜む虫たちが、真夜中の訪問者の様子を遠巻きに見守りながらざわめいている。それらは、ヤコの知る景色とは随分と違って見えた。

(昔ここを歩いた時には一人じゃなかった。お兄様が連れて来てくれたから……)

 朝焼けのまだ白みがかった空に、昼間の眩い木漏れ日に、あるいは夕陽にちらちらと燃える花びらに、兄の面影がある。それは、兄とともに外出を許された自分だけが知る__すなわちヤクでさえも知らない__ヤコだけの秘密だった。

(それに、もう一つ……)

 最後にここに来た時、ヤコは一人だった。その時にもう一つ、秘密が生まれた。隠しておきたいのではなく、ただ傷一つつかないように、当時のままそっくりとっておきたい秘密が。

「⁉︎」

 追憶は突然に途絶えた。明らかに異質な物音が聞こえたからだ。風でも虫でも小動物でもない、ある程度の大きさを持つものが移動する、ガサリという物音が。

(この森に大動物はいなかったはず……まさか、誰かいるのかしら?)

 ヤコはその場に立ち止まってそっと耳をすませた。しかし、暗い森には木々が囁くのみで、音も人の姿もない。

(気のせい……か) 

 そう思い直して再び一歩踏み出した時だった。

 ビュンッ。

 何かが空を切る音がして、ヤコは咄嗟に身を屈めた。と同時に帽子の近くを何かが掠めたのがわかった。

「やった?」

「避けられた」

 今度ははっきりと人の声が聞こえた。若い男の声だ。

(誰? いや、今はそんなことより……逃げなきゃ)

 ヤコはぱっと駆け出した。夜道で見えなくとも道は覚えている。追いかけるようにまたも何かが飛んできて、腕のそばを掠めた。

「もう、ミグの下手くそ!」

「黙ってろアス!」

 何やら言い争う声が、だんだんと遠のいていく。しかし勝手の違う他人の身体では思うように動けない。重々しい服装やブーツは普段から慣れているものの、それは鍛えてきたヤコの身体だからこそ苦にならなかったものなのだ。

(息が苦しい……!)

 久々に感じる胸の痛みに思わず足が止まりそうになる。それでも追っ手の気配を感じて、ヤコは必死で走り続けた。これはイペリエスの身体だ。傷一つ付けるわけにはいかない。

 無我夢中で森の外に転がり出ると、ヤコは街へと続く一本道を駆け抜けた。人気の無い街の物陰に回り込んで姿を隠し、ようやく足を止める。あがり切った息を押し込めながらじっと辺りの様子を窺った。気配は、ない。どうやらなんとか逃げ切れたようだ。

(あの人たちはなんだったのかしら……森の管理者ではなさそうだったけど……)

 そこでヤコははっとして懐から懐中時計を取り出した。入れ替わりの特能には様々な制限がある。そのうちの一つが時間で、入れ替わっていられる時間は最長一時間。それを過ぎると強制的に入れ替わりが終了する仕組みになっている。朝、イペリエスとの約束を交わした後でそのような制約を聞き、ヤコは咄嗟に自身の携帯している懐中時計を彼に持たせたのだが、それは英断だったと言えよう。細やかな装飾の施された華奢な針は、残り時間が数分程度であることを示していた。

(ちょうどいいわ。王宮へ戻ったら、一刻も早くあの人たちのことを知らせよう……けど)

「なんて説明しようかしら」

 太陽の傾きとともに続いていく説教を思い出して、ヤコはぐったりとうなだれた。

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