⑪薬草
「まあ……そういうことなら今回は大目に見てあげるわ」
ミアはそう言ってため息をついた。ヒルトがうわずった声をあげる。
「し、信じてくれるのかミア!」
「まあね。ウチは酒屋だけど、それにしたってここ最近は喧嘩やら言い争いが絶えなくってヘンだとは思ってたのよ」
「ミ、ミアーーー! 愛してる!」
「ちょ、なにこの花、ぐちゃぐちゃじゃない!」
涙ぐむヒルトを見て、ヤクはほっと胸を撫で下ろした。
「これで一件落着、だね」
「よかった! 仲直りできて!」
ヤクたち五人という完全な部外者の存在は逆に説得性を増したらしく、ヒルトに付き添って仕事中のミアを訪ね事情を話すと彼女は案外すんなり納得してくれた。
「君たち! 本当にありがとう!」
店を出ようとすると、ヒルトが目を潤ませて大きく手を振った。花を花瓶に移し替えていたミアもにかっと笑う。
「今度はお店にも来てね! サービスしたげる!」
「うん! またね!」
「お幸せに〜」
ぽわっとした空気に包まれてヤクは店を出た。
「やはりくだらん痴話喧嘩だったな」
シキの捨て台詞を拾う。
「でも、『くだらない』ことで二人が喧嘩したままじゃなくてよかったね」
「……あっそ」
ところで、とヤクが後ろを振り返った。
「ハツくんとセナくんは? 仲直りできそう?」
「それは……」
ハツがちらとセナを見やる。
「セナ次第だ。結局、解決したのはヤコだったしな」
「でもそれはハツくんが色々教えてくれたからだよ!」
「まあ、場所をここに絞れたのはお前の情報のおかげだな」
珍しくシキもハツの援護に回る。よほど今のハツが気色悪いらしい。だが、そんなイレギュラーにも関わらずセナは態度を変えなかった。
「ダメ、条件は条件だよ! 僕はぜーったい許さないからね!」
セナのあまりに頑固な態度にハツはもちろんヤクたちまで途方に暮れてしまった。と、ヤコがセナの手を掴んだ。
「そうよ! セナ、ちょっと来て!」
「え、ヤ、ヤコちゃん? どこ行くの?」
「ヤコ⁉︎ 」
セナの手を引いて走り出したヤコは、追いかけようとするヤクたちを手で制した。
「すぐ戻ってくるからちょっと待ってて! あの飴屋さんに他の薬草がないか探してくる!」
「他の薬草……?」
首を傾げるヤクの隣でシキが頷いた。
「あの二人もあそこで飴を買って食べていたが……。セナが頑なに態度を変えないのはその薬草の作用もあるのかもな」
「そっか、それで薬草の作用を消せる他の薬草を置いてないか探しに行ったんだね」
「それ早く言えよ……」
ハツがかくんと力を抜いた。
「しかしヤク、お前の姉は随分と薬草に詳しいんじゃないのか?」
博識のシキとはいえど、マイナーな薬草を一目でそれと見てわかるほど、そしてその効能を言えるほど植物に造詣深くはなかった。
「ヤコはずっと薬学を勉強してるんだ。兄上様が病気で亡くなったから」
暗唱した文を朗読するようにこともなげに話すその声があまりに抑揚に乏しかったので、シキはもうなにも言えなくなってしまった。
「どうヤコちゃん? 薬草見つかりそう?」
店内に再び足を踏み入れると、セナはヤコの背に問いかけた。
「うーん、なさそうね」
「そっか……」
「あ、そっちの棚かも」
ヤコがくるっとセナの方を向いた。とその直後、セナの視界はぐるりと回って砂利が目の前を舞った。地面へと叩きつけられたセナを、ヤコが冷たく見下ろしている。
「え……ヤコ、ちゃん?」
「ねぇ、あなた誰?」
冷えきった声音に思わず息を呑む。上から押さえつけられた手足は動きそうもない。
「な、なに言ってるのヤコちゃん……」
「セナは私に敬語を使うの。知らなかったでしょ?」
「……それ、は……」
そう言いかけて、セナはふっと目を閉じた。
「⁉︎ 」
「くくく……お見事だよお嬢さん!」
突然横から声が聞こえてはっと顔を上げる。と、店の入り口にもたれかかるようにして一人の男が立っていた。
「……あなたね」
男は奇怪な出立ちをしていた。てらてらとした発色の良いエメラルドグリーンの服に身を包み、色の薄い金髪の上には頭の大きさの倍以上はある大きな帽子が乗っかっている。こちらも同じく鮮やかなエメラルドグリーンで、広いつばの上には肩の部分とお揃いの羽飾りがふんだんにあしらわれていた。しかしそんな派手な衣装の中で最も異質なのは、顔の部分につけられた白い仮面だった。底の見えない笑顔の張り付いたその仮面を、ヤコはまっすぐに見つめた。
「セナは無事なんでしょうね?」
男は芝居がかった仕草で人差し指をピンと立てて見せた。
「昨日のキミはゼンブボク! これ、売りモンクね〜! 今日のキミがいなきゃ始まんないからご安心♪」
「そう……」
倒れ込んだセナの身体は僅かに上下している。ヤコはほっとして息をついた。




