⑧明日は赤い雨
朝靄に消えていく男二人を見送ってから、ヤクはハツに向き直った。
「ごめんね。僕のせいで他の人たち……セナくんまで危ない目に遭って……」
「……」
無言状態のハツは怒っているのだ、というのをここ数ヶ月でヤクも学びつつあった。まあ無言でなくても何かしらに怒っているのだが。しかしハツはしばらく押し黙っていたかと思うと、ふいっと目を逸らした。ついでその目はセナに向けられる。
(そういえばこの二人も喧嘩してたんだっけ……)
(大丈夫かしら)
(あーいい加減にしろよな)
また一つ面倒事が増えたのを悟ってシキはぐるりと目を回した。意地っ張りなハツのことだ。ここでまたも喧嘩を勃発させるかもしれない。だが当のハツは三人が予想だにしなかった行動に出た。
「オレが悪かった、許してくれセナ」
そう言うなり俯いてみせる。一応頭を下げているつもりらしい。一同は呆気に取られてハツを見つめた。
「ハツが……謝っただと?」
「何か変なものでも食べちゃったのかしら」
シキとヤコは失礼な驚きを隠す余裕もなかった。ヤクはと言えば驚きを言葉にする余裕すらない。しかし、セナは三人に分けて有り余るほどの余裕を持っていた。
「今更しおらしくしちゃってなんのつもり? そんな言葉一つで僕が許すとでも?」
ヤクたちと話している時はいつも通りだったので気づかなかったが、どうやらセナは随分と頭にきていたようだ。冷たい声音にヤクは身を縮こませた。
「それは……」
この反応はハツにも予想外だったらしい。重苦しい沈黙が漂う。と、そこでヤコがパチンと手を合わせた。
「言葉だけでダメなら行動で誠意を示すのはどう? 私たちが今抱えてる問題を、ハツ、あなたが解決するのよ」
ヤコのとんでもない仲裁にシキは思わずセナの顔色を盗み見た。しかしセナは、それいいね! と笑った。
「君が僕の問題を解決できたら許してあげる」
「問題だと?」
「頑張ってね、仲直り。この人たちの」
セナがヒルトを指差す。少し離れたところに立って空気となりつつ様子を窺っていたヒルトは、ハツの鋭い眼光を喰らってややたじろいぎつつも、やぁ、と会釈をしてみせた。
「心当たりなら、ある」
これまでの事情を聞くと、ハツはゆっくりと頷いた。ハツの思いがけない発言に四人はびっくりして聞き返した。
「どういうこと?」
「突然人が変わったようになるって噂は、オレも耳にしていた。だが最近、騒いでんのは大体ここの区画辺りだな。三つ向こうの区まで行ったが喧嘩してんの見たのはここだけだ」
ハツが答える。ヤクは不思議そうな顔をした。
「三つ向こうって……そんな遠くまで何しに行ったの?」
「別に……散歩だよ」
妙な間はあったものの、ハツはそう返してくれた。いつもよりは優しい声音にヤクは少し嬉しいような困ったような気分になった。ヤコが腕組みをする。
「ここの区、ね……もう少し具体的な場所がわかれば、何か手掛かりが掴めそうだけど……」
すると、ヤコにつられたのかハツも腕組みをして首を傾げた。
「……オレが最初にこの噂を聞いたのはシャンジュ通りだったな。単純に人が多いからかもしれないけどな」
「でも、人が多いからこそ狙われるんじゃないかしら?」
「シャンジュ通りって……?」
ヤクが口を挟む。ヤコの瞳がきらりと瞬いた。
「私たちがさっき通ったところ……ヒルトさんとミアさんが喧嘩していた辺りよ! とりあえず行ってみましょ!」
「うん!」
「おい、考えなしに首突っ込むのは……」
一応、こちらは王子と王女を抱えているのだ。得体の知れない力を持つ犯人との接触リスクを上げるのはいかがなものか。今回の件には関わるまいと沈黙を決め込んでいたシキだったが、さすがにこれには止めにかかった。しかし、ヤコたちが何か言う前に、ハツが口を開いた。
「いいじゃねぇか。他に手掛かりだってないし、好きにさせてやろうぜ」
「……あ、ああ」
ハツの物静かな話ぶりに、シキは鳥肌が立った腕をさすった。




