⑦本当らしい
「俺はヒルト。君たちも見ただろうが、あの酒屋の売り子……ミアは俺の恋人なんだ。普段は優しいんだけど……」
「周りの人はあなたが浮気したって言ってたけど、ほんとなの?」
セナがいきなり核心をつく。ヒルトは気まずそうに目を逸らした。
「それは……」
「何かの誤解だよね?」
ヤクがせまる。しかしヒルトはゆるゆると首を振った。
「本当、らしい」
ため息とともに吐き出された要領を得ない返答に一同は首を傾げた。
「らしいって? どういうことなの?」
「昨日の仕事帰りに俺はミアに会いに酒屋へ向かってたんだけど、その道中で会った女の子達をナンパしまくったんだ」
「え……」
セナが明らかに引いた声を上げた。
「それは……最低ね」
ヤコが言いづらそうに放った容赦ない一言にヒルトは弁解を始めた。
「違うんだ、あの時はどうかしてたとしか……俺はミアと出会ってから彼女以外に気を取られたことなんて一度もない!」
「お酒飲んでたとか?」
「いや、彼女の酒屋で飲むつもりだったから……でもなんか変だったんだよあの時は……自分が自分じゃないみたいな……」
「うーん……」
苦しい言い訳だが、目の前の青年が嘘をついているとはヤクには思えなかった。ヤコも同じ考えらしく、何か変なもの食べたの? などと尋ねている。シキは大きくあくびをした。すると、そういえば、とセナが口を開いた。
「僕、よくここら辺に来るんだけど、最近変な噂を聞くんだ」
「変な噂?」
うん、と頷いてセナは意味ありげに人差し指を立て、声を顰めた。
「乗っ取られちゃうんだって」
「の、乗っ取られ⁉︎ 」
「うん。まるで別の人に乗っ取られたみたいに、いきなりその人らしくない行動をしちゃうんだよ。それも、大体はトラブルになるようなことをね」
「それ、もっと詳しく話してくれない?」
ヤコがぐっと一歩迫ると、セナはちょっとたじろぎつつも言葉を続けた。
「は、はい。といってもこれ以上はあまり知らないんですけど……。でも、同じような噂が少し前に隣の区でも流れていたみたいで……それが収まったかと思ったら、今度はここの区が」
「ってことは、その乗っ取り事件がこっちに移動してる?」
「ってより犯人が移動してきたのね」
ヤクの発言をヤコが訂正して引き継いだ。腕組みして思案モードに入った三人だったが、そんな静かな時間は突如破られた。
「あの時はおかしくなってたんだよ! 普段の俺じゃなかった!」
またも大声が聞こえて、五人はははっと振り返った。今いる裏路地を抜けた先で二人の男が言い争っている。さっき聞いたばかりの言葉と妙なシンクロを感じてそちらへ駆け出す。
「うわっ……と」
「セナくん⁉︎ 」
セナの体が不意にぐらりと傾いたので、ヤクは慌てて手を伸ばした。幸いにもセナはすぐに体勢を立て直した。
「あはは、躓いちゃった。行こう!」
「う、うん」
(躓くような道じゃないけど……)
平らな砂道を見やりながらも、ヤクは前を走るセナの揺れる髪を見つめた。
(やっぱりセナくん、ハツくんと喧嘩したことすごく気にしてるんじゃ……)
しかし考えていられるのはそこまでだった。薄暗い路地裏を抜けると、男二人の言い争いは殴り合いに突入しようとしていた。
「ま、待ってよ、落ち着いて二人とも!」
いきなり飛び出してきたヤクに二人は一瞬驚いたものの、怒りに染まったその顔はすぐさま乱入者を睨み付けた。
「うっせぇ、ガキは黙ってろ!」
男の一人が大きく振りかぶる。太い腕が勢いよくヤクの方へ迫った。
「ちっ」
シキが咄嗟にヤクを後ろへ引っ張ってくれたので、ヤクはすんでのところで避けることができた。だがそれがますます男を刺激したらしく、完全にヤクに照準を定められてしまった。思わず息を呑む。だが突然、男は膝から崩れ落ちた。
「はいそこまで! 暴力は良くないわよ」
「っ……」
男が困惑と痛みを織り交ぜた物凄い形相で上を睨みつける。その目線の先にいたのはヤコだった。彼女は自分の一回りも二回りもあろうかという男の屈強な腕を捻り上げて見事に動きを封じていたのだ。男はもちろん、シキたちも言葉を失う中で不機嫌そうな声が響いた。
「相変わらずの馬鹿力だな」
「は、ハツくん⁉︎ 」
大通りの向こう側、ヤコの後ろから現れたハツは腰に手を当てて気怠げに突っ立っていた。
「あらハツ、来るのがちょっと遅かったわね」
「そんなザコどもに構う気は……」
そこでハツはふと口をつぐむと、いや、と言い直した。
「無事でよかった」
一同の目が点になったのは言うまでもない。




