⑥夜明けの冒険
「わぁ見て、綺麗なお菓子!」
「美味しそう〜ゼリーかなぁ」
日が昇り始めた街の市場で、ヤコとヤクはあっちへ行ったりこっちへ行ったりして歓声をあげていた。
「あれは飴だよ、果汁や花びらの汁で色をつけてるんだ」
セナが一緒になってはしゃぎながら説明を付け加える。いつもの解説役を取られたシキは、つまらなさそうに三人の後ろをぶらぶらとしていた。ヤコに押し付けられた町人服は双子サイズのものだったらしく、長身のシキには少々窮屈で、丈の短い袖もまた彼の機嫌を損ねていた。
「シキくん! 何色のがいい?」
ヤクが振り向いて声をかけてきた。どうやら先ほどのゼリーだか飴だかを買うことにしたらしい。早くもヤコは黄色、セナは緑色の物体に齧り付いている。
「いや、俺はいい」
「え? オレンジ色?」
「違う!」
だんだんと人の増えてきた市場では、ちょっとしたやり取りなど雑踏に紛れてしまう。シキはイラッとして口を開いた。
「いらねぇっつってんだろ! 二度と顔見せんなクソ野郎ッ!」
「えっ⁉︎ 」
突然横から飛んできた怒鳴り声にヤクもシキも揃ってそちらを見た。割と新しい木造りの酒屋の入り口で、売り子らしい若い女性が仁王立ちしている。その目の前には大柄な身体を縮こませてうなだれる青年の姿があった。右手には可愛らしい花束が握られていたが、やがて青年はそれが鉛でできているかのようにがっくりと腕を垂らし、足を引き摺るようにして去って行った。
「なになに? 喧嘩?」
「浮気らしいわよ、男の」
「えぇ? サイテー」
「前はいい感じに見えたのになぁあの二人……」
周囲のヒソヒソ話でシキは概要を察した。
「くだらん痴話喧嘩だな、行こうぜ」
「そうだね!」
「こっちよ!」
突然ヤクとヤコが走り出したので、シキとセナは危うく人だかりの中で二人を見失いそうになった。今はあの特徴的な金髪もフードで隠されているから、目を離したらすぐにどこにいるのかわからなくなってしまう。
「ふー、やっと追いついたぁ」
「やっと追いついた!」
セナが息を切らしながらそう言うのと、ヤクが言うのとが同時だった。シキがはっとする。
「! お前はさっきの……」
浮気男、と続けそうになって口をつぐむ。見れば、ヤクとヤコは一人の青年を囲むようにして立っており、彼こそが先ほど女性に怒鳴りつけられていた片手に花の男だった。
「えっと、君たちは……」
青年が困惑した様子でヤクたちを見下ろす。と、ヤコが一歩前に進み出た。
「私たち、さっきの様子を見てたんですのよ。それで、あなたは随分とお困りのようだったから……」
ヤクもまたズィと一歩踏み出す。シキは嫌な予感がした。
「僕たちがあなたを助けるよ!」
「おいおいおいちょっと待て」
案の定、厄介なことを言い出したヤクにシキは慌てて耳打ちした。
「何言ってんだよ、こんな奴ほっとけよ」
「え⁉︎ なんで⁉︎ 」
「なんでって……お前だって、俺がくだらん痴話喧嘩って言った時賛同してただろ」
「なんのこと? シキくんこそ、行こうぜって言ってたじゃん!」
致命的なすれ違いに気が付いてシキは頭を抑えた。
「ね、ほっとけないよ」
「ね、じゃねーよ、こいつだって無関係のお前に絡まれて迷惑だと思うぞ」
「無関係じゃないよ! だってこの人はこの国の国民で、僕は……」
この国の王子なんだから、と、ヤクはより一層声を顰めて囁いた。こんな頑固さに前にも振り回された記憶がある。そう、あの猛獣事件。
「もう勝手にしろ……」
ため息をついてシキはヤクを青年の方へ押しやった。はじめは訝しげにヤクたちを見ていた青年も、ヤコの朗らかなトークに緊張を解いたのか、何やら語りたいムードを醸し出していた。誰かしらに話を聞いてもらいたかったのだろう。シキは再度ため息をついて、すっかり聴衆と化した三人の後ろに突っ立った。
(よくやるよこいつら……)
ミュレットの時もそうだったが、よくもまあここまで他人事に熱心になれるものだ。
(そういや王宮にあった故王太子の肖像画……ちょっとミュレットに似てたかも)
似てたと言っても長めの金髪と穏やかな笑顔くらいなものだが。
__同じみたいだと思ったんだ。僕の大切なひとと。
夜風にたなびいたヤクの言葉が蘇る。彼がミュレットにあそこまで固執した理由はどうやらそれだったらしい。
(兄……か)
話半分で涙混じりの青年の話を聞きながら、シキはすっかり朝の気配を纏った空を見上げた。




