⑤喧嘩
きっかけは些細なことだった、らしい。
「ねぇヤコ、ほんとに行くの?」
「もちろん! ヤクだって気になるでしょ? 城下町!」
「それはそうだけど……」
歯切れの悪いヤクの返事をものともせずにヤコはせっせとクローゼットの奥から服を出していく。ヤクはぽりぽりと頭をかいてうず高く積まれていく簡素な服の山を見守っていた。
今朝のこと。唐突に身体を揺さぶられてヤクが目を覚ますと、ベッドのすぐそばにヤコが立っていた。ヤクの寝ぼけ眼が見開かれる前にヤコはシッと人差し指を立てて囁いた。
「これから街へ行かない?」
まだ日も昇らない薄暗い早朝の廊下を言われるがままに忍足で進み、細く開いた扉の隙間に体を滑り込ませてヤコの部屋に入ったところでようやくヤクは一息つけた。
双子とはいえヤクの生い立ちゆえにヤコはいつも一緒にいたわけではなかったが、特に兄の生きていた頃は毎日のようにヤクの部屋に来て遊んだり喧嘩したり昼寝をしたりしたものだった。だからお互い考えていることはなんとなくわかる、という自負があったのだが、なぜヤコが今このような冒険を唐突にふっかけてきたのかはよくわからなかった。確かに昔から活発でお転婆なところはあったが、それでも基本は兄に似て品行方正なたちなのだ。外出を禁じられているヤクを街に連れ出すなど、普段のヤコなら止めこそすれ勧めるとは到底思えなかった。
「これを着ていけば王族だとはバレないわ! サイズが同じでよかった」
ヤコが嬉しそうに町人風の服をヤクにあてがう。はしゃぐヤコを見て、ヤクはふと不安になった。
「ヤコ、」
「ん?」
にっこりと笑ったまま首を傾げるヤコを見て、ヤクはふぅーっとひとつ息を吐いた。喉元まで出かかっていた言葉を押し留めて、代わりに同じくらいの笑顔でひそひそ話をする。
「せっかくならシキくんたちも誘わない?」
「で、こんな早朝に叩き起こしてきたってわけか」
不機嫌そうに髪を掻き上げるシキに、ヤクはぱちんと手を合わせた。
「だってみんなで行った方が楽しいし! こんな機会滅多にないし!」
ジェージニアント家の領地は王宮からやや離れているため、昨日国王への謁見に訪れたばかりのシキは今日だけ王宮の客室に泊まっていた。
「だが肝心の王女がいないじゃないか」
「今ハツくんとセナくんを呼びに行ってるんだよ」
ハツの名を聞いてシキが顔を顰めるのと、扉が開くことが同時だった。
「ああヤコ! おかえり! おはようセナくん! ハツくん!」
「おはようヤク君!」
「……あれ?」
ヤコがそっと扉を閉めるのを見て、ヤクは首を傾げた。
「ハツくんは?」
「それが……」
難しい顔で口を開いたヤコをセナが遮った。
「いいよはーくんなんか! 放っといて早く遊びに行こうよ!」
「なっ……」
シキが驚きの声を上げる。呆然とするヤクにヤコはため息混じりに説明した。
「どうやら喧嘩したらしいの、二人……。ハツは一人で屋敷を出て行ったらしいわ」
「そ、そうなんだ……」
喧嘩っ早いハツならまだしも、セナまでこうもお怒りモードになっているのは初めてだ。友達の新たな一面にヤクは驚きを隠せなかった。
「まあ仕方ないわね。四人で行きましょ、早くしないとみんな起きてきちゃうわ」
そう言うなりヤコが突きつけてきた町人服を見やって、シキは内心げ、としかめ面をした。




