①廊下を走ってはいけません
「セナくん! 木の様子はどう?」
「だいぶ良くなったよ! ほら見て、また新しい枝が伸びたんだ」
セナに指し示された方を見上げようとして、ヤクは木漏れ日に目を細めた。あの実技試験の後で焼けてしまったグラウンド周りの木々だったが、治癒の特能を持つというセナが懸命に世話をし続けたおかげで今やかつての緑を取り戻しつつあった。
「これなら芸術祭にも間に合うよ。お客さんが来た時、グラウンドの周りがあれじゃああまりにもね…」
「そうだね。ありがとう、セナくん」
芸術祭。貴族の嗜みとして芸術的感性を養うという目的のもと、この学園では毎年芸術祭が行われていた。祭日には学生たちの作品を展示する他、各地から著名な芸術家が招かれ、貴族や富裕層の商人など限られた者たちではあるが学外の人間も訪れる予定になっている。
「ヤク、ここにいたのか」
「シキくん!」
「お前、芸術祭で出展する絵画は完成したのか? 提出期限は明日だが」
「え、明日?」
硬直したヤクを見て、シキが大きな溜息をつく。
「こんなことだろうと思ったよ。じゃあな、セナ」
「うん、バイバイ。頑張ってねぇ」
セナがにこにこして二人に手を振る。その様子を自室の窓から眺めていたハツは、顔をしかめて三人を睨みつけた。
(なんだよセナのやつ、あいつらとつるみやがって……友達にでもなったつもりか?)
セナは最近二人と、とりわけヤクと楽しげに話すようになった。二人とものほほんとしたところがあるから、波長が合うのだろうか。あの木々の世話にしても二人はやけに熱心に取り組んでいる。ルームメイトのセナがああした形で責任をとっているからこそ、ハツのあの暴走もさほど咎められずに済んだのだが、そんな状態もまた彼にとっては苦々しいものだった。
(あーあつまんねーの。なんかすっげー事件でも起こらねーかな)
不機嫌そうに窓辺にもたれかかりながら、ハツはそんなことをぼんやりと思った。
◯◯◯
「とうとう今日だね!芸術祭ーっ」
「おいはしゃぐな走るな、危ないだろ」
飛び上がるヤクをシキが嗜める。そうは言われても、学園一の特大イベントにヤクの期待は膨らむばかりだった。
「ったく、バカがバカ騒ぎしてら」
「あ、ハツくん! セナくんも!」
呆れ声に振り向いてみれば、相変わらず目つきの鋭いハツとニコニコ笑顔のセナが立っている。
「お前いちいち俺たちに絡んでくるなよ、鬱陶しい」
シキが苦々しくそう吐き捨てると、案の定ハツはカッとなった。
「はぁ!? 鬱陶しいのはてめぇらの方だろ、毎日毎日騒ぎやがって」
「まあまあはーくん落ち着いて」
バチバチと火花を散らす二人の間をセナが仲裁する。すっかりお馴染みとなった光景をどこか微笑ましく思いつつヤクが仲裁に加わろうとしたその時、ガツンと誰かにぶつかった。
「いっ……」
「わっごめんなさい!」
慌てて謝りながら相手を確認する。以前上級生とぶつかったことを思い出して一瞬冷や汗をかいたヤクだったが、返ってきた言葉はその時とは全くの別物だった。
「あ、いえ、その、こっちこそすいません……」
ぼそぼそとした言葉尻はよく聞き取れなかったが、どうやら謝っているらしい。そこでヤクは、相手の手がそばにあった台と置き物らしきものに触れているのに気づいた。
「もしかして、展示の準備をしてるの?」
「えっ、あ、はい…」
相手は再度話しかけられたことにびっくりした様子で口ごもった。
「一人で?」
「なぜ当日に?」
「それって生徒の作品?」
ヤクだけでなくシキやセナにまで詰め寄られたその学生は目を白黒させた。
「え、えっと、準備っていうか、最終確認って感じで……その、不備がないか確かめてって、頼まれて……」
彼が口をもごもごとさせたので、ヤクは怪訝そうに学生を見つめた。よく見ればヤクより頭ひとつ分上背があるのだが、猫背のせいでどうも低く見える。無造作に束ねられた燻んだ金髪はあちこちで跳ねていて、薄紫の瞳は常に泳いでいた。もしかしてぶつかった時にどこか怪我でもしたのかと思ったが、どうやらこの話ぶりは元々の性格ゆえらしい。
「そうなんだ……よかったら手伝おうか?」
台の上にはずらりと彫刻作品が並べられている。一人で確認するにはまだ時間がかかりそうだ。
「えっいや、でも……」
「大丈夫!僕たち今暇だし!」
「そうそう!」
『待てよ俺たちもやるのか?』
意気込んで答えるヤクとセナに、珍しくシキとハツの声が揃った。しかし、この二対二の構図に慣れっこなヤクとセナは勝率百%の実績持ちゆえに、後ろの二人を顧みることなく目の前の学生に笑いかけた。
「頑張ろうね!僕はヤク。君は?」
「え?あ、僕の名前ってことですか……?えっと、も、モルム・ケール・カラカラ、です……」
「モルムくんだね!こっちは…」
「シキだ」
「セナだよ!」
「ハツ」
各々名乗り終えたところで、セナがあっと声を上げた。
「これって二年生の作品だ……もしかして、あなたは二年生?」
突然セナに話しかけられて、カラカラはたじろいだ。
「え?あ、はい、僕は二年生です……あ、あなたたちは……」
「僕たちは一年生です、ごめんなさい、先輩だと知らず……」
セナが詫びようとしたところで、納得のいかない顔のままハツが言い捨てた。
「なんだよ、あまりにもキョドってるから後輩かと思ったぜ」
「……⁉︎ え、えっと、すいません……」
「ちょっとはーくん!」
「カラカラ先輩、気にしないでね……(じゃなくて)しないでください」
心なしかしょぼんとしてしまったカラカラをヤクは慌てて慰めた。
「ふぅ、こっちはこれでOK!」
「こっちもだ」
分担したそれぞれの持ち場の点検を終えて、皆はカラカラの方へと戻った。だが、当の本人は何やらしかめ面をして佇んでいる。
「カラカラ先輩……どうしたんですか?」
ヤクが尋ねると、カラカラはびくっとして我に返った。
「あ、えと、その……作品の数が合わなくて……」
「数?」
「えっと、一つ、多い? っぽくて……」
「多い? 足りないのではなく?」
シキも怪訝そうに眉を顰めた。
「か、数え間違えたのかも…すいません、あの、大丈夫です……」
何が大丈夫なのかわからなかったが、ヤクが何かを言う前にカラカラの不明瞭な言葉は遮られた。
「うんうん、どれもこれもへたくそだねぇ」
突然頭の上から降ってきた失礼な声に、皆は揃って目線を上げた。いつの間にやって来たのか、黒いローブに身を包んだ長身の男がヤクたちのすぐ後ろから作品群を覗き込んでいた。
「これ、君たちの作品かい? ……て、あれ?君は確か……」
ヤクたちに順々に目をやっていた男は、カラカラまで来て目を留めた。カラカラもまた眠そうな目をはっと見開く。
「カラカラ……って言ったかな」
「えと、あ、はい、お久しぶりです、メレエさん」




