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一翼のハイマヴィス  作者: かる
実技試験
14/94

②水と涙

 思わぬ頼みにヤクは目を見開いた。

「え?」

「ああなると手がつけられなくて……どうしよう、まさかあんなに怒るなんて……」

「あいつのキレ症は今に始まったことじゃなさそうだけどな」

 シキの悪態にセナは首を傾げた。

「うーん、いつもはあれ程じゃないんだけどなぁ……」

 そうため息をつくと、セナはまじまじとヤクの顔を見つめた。

「……?」

「言われなくても止めるさ、そういう試験だからな」

「シキくん⁉︎ でも……」

「言っただろ、あいつをぶっ潰すってな」

「何か考えがあるの?」

「もちろんさ」

「そう……」

 それでもなお燃え盛る四方に目をやるヤクに、シキはにやっと笑ってみせた。

「ヤク。俺はな、受けた侮辱は絶対に忘れないんだ」

 ピンと背筋を伸ばしてシキは左腕を高々と上げた。ヤクもつられて上を向く。シュウゥゥとどこからともなく音がして、冷たく湿った空気が首元を駆け抜けた。

「消火の時間だ短気野郎!」

 勢いよく腕が振り下ろされた直後、炎に揺れる木々がジュワリと音を立てた。

「ちっ! 水かよ!」

 少年__ハツが舌打ちをする。その間にもシキの作り出した水は木の枝先から幹、根元へと伝わって赤くちらつく火を絶やしていく。

「はっ! こんな程度で勝ったと思うなよ!」

 ハツがまたも剣を構えた。その先は一直線にシキを指している。

(危ない!)

 ヤクが咄嗟に手を伸ばしたその時だった。

「いい加減にしてよーーーっ!」

 まだ煙の立ちこめるグラウンドにセナの声が響き渡った。あたりがぴしゃりと水を打ったように静まり返る。ヤクもシキも、ハツでさえも目を見開いてセナに目を向けた。

「セナ……?」

「はーくんもうやめてよ! いつまで怒ってるつもり!? 僕があんなに一生懸命止めたのに、どうして聞いてくれないの!? いっつも君は僕の言うこと無視して! はーくんなんか……はーくんなんかもう知らないっ!」

 そう捲し立てると、セナはわあっと顔を手で覆って座り込んでしまった。シキがぎょっとして固まる。ヤクは慌ててセナに駆け寄った。

「セナくん、大丈夫……?」

「な、なんだよ! オレ別に悪くねーだろ!」

 唖然としていたハツがはっとしてやり返す。しかしその声に先程の覇気はなかった。

「……」

「おいセナ! なんか言えよ!」

「……何言ったって、どうせ君は聞いてくれない」

「はぁ!? いつオレがそんなこと言ったんだよ!? 」

「じゃあ僕の言うこと聞いて、もう喧嘩やめてくれる?」

「ああやめるよ! ほら、これでいいだろ!」

 ハツはやけになって短剣を投げ捨てた。

「おいセナ! オレはもう剣持ってないぞ!」

「……うん」

 セナが弱々しく微笑む。ヤクはそっとそのそばにしゃがみ込んだ。

 木々は完全に消火が終わったらしく、初夏らしい草の匂いが鼻をくすぐってくる。ヤクがぼんやりと焦げ跡を眺めていると、隣で小さな笑い声がした。

「? セナくん?」

「ふふ……君って優しいんだね」

「え? セナくん、もう大丈夫なの?」

「大丈夫もなにも」

 セナはぱっと顔を上げると、悪戯っぽくウインクしてみせた。

「はじめっからそういうフリだよ。はーくんにはこれが一番効くんだ」

「えぇ!?」

「ったく、そういうのはさっさとやれよ。おかげでこっちは特能の無駄遣いじゃないか」

 シキが愚痴るとセナは肩をすくめた。

「ごめんね、でもはーくんが君の力量を知りたがってたから」

「俺の? 何故?」

「さあ? まぁはーくん、強い人好きだから……」

「答えになってないぞ」

「あはは……それにしても、君が水を操る特能者だったなんてね。ちょうどはーくんと反対だねぇ」

 セナの言葉にヤクは内心首を傾げた。

(水……? じゃあ前の雷は……)

「おい、話を逸らすな」

「わーっシキくん、人の襟掴んじゃダメだよっ」

「随分と楽しそうだな」

 背後から声が聞こえて、一同ははっと後ろを振り返った。

「はーくん……」

 いつのまにかハツがそばまで近づいて来ていた。彼は相変わらず燃えるような瞳でヤクとシキを睨みつけていたが、幾分か落ち着いたようだった。

「おいシキ」

「なんだ」

 ハツはジリ、と距離を詰めて言い放った。

「今度闘るときは直接対決だ。お前も本気でやれ」

「懲りない奴だな。いいよ、やってやる」

「ちょっと、二人とも……」

 二人の顔に好戦的な笑みが浮かんでいるのを見て、ヤクとセナはそっと顔を見合わせた。やれやれ、と言った様子でセナが首を横に振る。ヤクも肩をすくめてみせた。

「帰るぞセナ」

「うん。ありがとうね、えぇと…」

 セナがヤク達を振り返って口籠る。

「僕はヤク!」

「シキだ」

「ヤクくんにシキくん! 僕はセナだよ、こっちははーくん!」

「ハツだ!」

「セナくんにハツくん。これからよろしくね」

「うん!」

 こくっとセナが頷く。が、ハツはヤクを刺すような目で見つめたかと思うと、すっと目を逸らした。

「はっ、お前によろしく言われる筋合いはねーよ。早く行こうぜセナ」

「え? うん……でもねはーくん、あれ……」

「ハツ・キーツァ・カザリグ! 直ちにこちらへ来なさい!」

 試験官が目を吊り上げて声を張り上げている。この場にいる誰もがその存在を忘れていた彼の言葉は、瞬時に今ここで最も重みを持つものとなった。

「やべっ! セナ、帰るぞ早く!」

「帰ったって逃げ場はないよ……」

「あっこら、待ちなさい!」

 疲れた様子のセナを強引に引っ張って、ハツは砂煙とともに校舎へと消えていった。試験官もまたそれに続く。

「一件落着だな」

 二人取り残されたグラウンドでシキはそう呟いた。

「そうだね……」

「どうした?元気ないな?」

「ハツくん、僕のこと怒ってるのかなぁ…」

 別れ際の冷たい言葉を思い出して、ヤクは顔を曇らせた。

「気にするなよあんな奴。ただの気まぐれさ」

「……そういえばシキくん、本当に今度ハツくんと闘うつもりなの?」

「まあな。口先だけかと思ったが、実力は本物だった」

(特能だけじゃない。あれほどのハイマをいとも容易く操る身体能力といい……接近型の対人戦になれば、あいつの戦闘力は今回とは比べ物にならないだろう。あいつ……何者だ?)

 つい考え込んでいると、ヤクの不安げな眼差しを感じた。いつもの笑みを返しながら、校舎へとヤクを促す。

「そんな顔するなよ。ずっとずっと先、いつかの話さ」

「……うん」

「さ、お前も疲れただろ?部屋に帰って休もう」

「休み! じゃあ今夜は遊べるねっ」

「何言ってんだ? 試験はゴールじゃないんだ。夜は明日の授業の予習をするぞ」

「そ、そんなぁ……」

 ヤクはがっくりと肩を落とした。午後の心地よい涼やかな風が二人の間を吹き抜ける。めしょめしょと嘆くルームメイトに歩調を合わせながら、シキは思わず口元を綻ばせたのだった。

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