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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
橋とならん

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Ⅱ 対馬

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

1280年、初夏。

対馬。

船が、島の港に入った。

霧の中から、山が現れた。

緑の、濃い山だった。

草原とは違う緑だった。

山が、海の際まで迫っていた。

「父上」

遼希が言った。

「これが、日本ですか」

「対馬だ」

舜が答えた。

「九州の手前にある島だ」

「草原と全然違いますね」

「そうだな」

舜は、山を見ていた。

(緑が、こんなに深い)

(俺がいた頃も、こういう景色だったか)

(もう、遠くなりすぎて、思い出せない)

阿剌罕が、横に来た。

「これが、日本か」

「対馬だ。日本の入り口だ」

「小さな島だな」

「だが、要衝だ」

舜が言った。

「この島を制する者が、日本への玄関を制する」

「だから、守備が厚い」


港に、人影が見えた。

武士たちだった。

鎧を着ていた。

手に、弓を持っていた。

「来た」

阿剌罕が言った。

「武器を持っている」

「当然だ」

舜が答えた。

「俺たちが、怪しい船に見えるから」

「どうする」

「降りる」

舜が、船の縁に立った。

白い旗を、持った。

「我らは、大元の使者です」

舜が、日本語で言った。

ゆっくりと、大きな声で。

港の武士たちが、ざわめいた。

「日本語が、分かるのか」

一人が叫んだ。

「少し、分かります」

舜が答えた。

完全ではなかった。

発音が、変わっていた。

だが、通じた。

武士たちが、顔を見合わせた。

「上がれ」

一人が言った。

「武器は、持つな」


砂浜に降りた。

武士の一人が、前に出た。

宗助国という男だった。

対馬の守護だった。

がっしりとした体格の、四十代の男だった。

「大元の使者か」

「そうです」

舜が、漢字で書いた紙を渡した。

「大元国信使。平和を求めに来た」

宗助国が、それを読んだ。

「…平和、か」

「そうです」

「信じられるか」

宗助国が、舜を見た。

「以前も、使者が来た。その後、軍が来た」

「それは、申し訳ありませんでした」

舜が、頭を下げた。

宗助国が、驚いた顔をした。

「お前は、元の使者か。なぜ、頭を下げる」

「俺が、謝るべきことだからです」

「使節を送っておきながら、軍も送った」

「それは、お互いの意思が通じていなかったからです」

「今、俺はその誤解を解くために来ました」

宗助国は、しばらく舜を見ていた。

「お前、本当に日本語が分かるのか」

「半分は、分かります」

「半分か」

「あとは、文字で補います」

舜が、筆を取り出した。

宗助国が、また驚いた顔をした。

「武人ではないな」

「そうです。俺は、記録者です」


遼希が、砂浜を歩いていた。

砂の感触を、確かめるように。

阿剌罕が、横に来た。

「遼希、何をしている」

「砂を、見ています」

「砂か」

「父上の故郷の砂です」

阿剌罕が、足元を見た。

「俺には、草原の土の方がいい」

「俺は、どちらでもいい気がします」

遼希が言った。

「父上の血と、母上の血が、半分ずつ入っているから」

「草原も、海辺も、どちらも懐かしい」

阿剌罕が、首をかしげた。

「よく分からんが、お前は不思議な奴だな」

「そうかもしれません」


宗助国が、若い僧侶を連れてきた。

「こいつが、漢語を少し解する」

僧侶が、頭を下げた。

「慶円と申します」

「よろしくお願いします」

舜が、漢語で言った。

慶円が、顔を上げた。

「漢語が、お分かりになるのですか」

「はい。この帝国の記録者ですから」

「すごい」

慶円が、目を輝かせた。

「大陸の書物を、読むのが夢でした」

「それはいい」

舜が言った。

「俺の国には、書物がたくさんある」

「交易が始まれば、本も入ってくる」

慶円が、宗助国を見た。

「宗助国殿、この方は」

「信用できるかどうか、まだ分からん」

宗助国が答えた。

「だが、話は聞く」

「その後、鎌倉に知らせを出す」


日中、宗助国が島を案内した。

漁師の村。

神社の境内。

段々畑。

「ここの民は、何を食べているのか」

舜が聞いた。

「魚と、米だ」

「畑は、少ない」

「山が多いからか」

「そうだ。平地が、ほとんどない」

「こういう土地では、海の産物が大切ですね」

「そうだ」

宗助国が言った。

「この島の民は、海で生きている」

「交易があれば、もっと豊かになれるか」

「分からん」

宗助国が答えた。

「だが、島の民は、新しいものが入ってくることを、嫌いではない」

舜は、記録帳に書いた。

「対馬の民、海に依存して生きる。交易への関心、なくはない」


その夜、舜と遼希は、用意された屋に泊まった。

畳の部屋だった。

「父上、畳を知っていましたか」

「知っている。だが、何十年ぶりだ」

舜が、畳に手を触れた。

「懐かしいか」

「懐かしい」

「どんな感じですか」

「うまく言えない」

舜が言った。

「故郷というものは、言葉では表せないものだ」

「体が、覚えているのかもしれない」

遼希が、窓の外を見た。

松の木が、月明かりに浮かんでいた。

「俺には、懐かしくはないはずなのに」

「なぜか、落ち着く気がします」

「そうか」

「お前の体にも、この土地の何かが入っているのかもしれない」

遼希は、しばらく、松の木を見ていた。

「父上」

「なんだ」

「俺、ここが好きです」

「そうか」

「まだ、一日しかいないのに」

「そういうものだ」

舜が言った。

「一目で分かる場所が、ある」

「お前にとって、ここがそうなのかもしれない」


翌朝、宗助国が来た。

「鎌倉に、知らせを出した」

「返事が来るまで、しばらくかかる」

「分かりました」

舜が答えた。

「その間に、対馬を見せてもらえますか」

「何のために」

「記録します」

舜が言った。

「この島のことを、書きたい」

宗助国は、しばらく考えた。

「…構わない。だが、余計なところには入るな」

「はい。約束します」

「あと、一つ聞いていいか」

「はい」

「なぜ、頭を下げた」

「昨日のことですか」

「そうだ。元の使者が、頭を下げるとは思わなかった」

「申し訳なかったからです。それだけです」

宗助国は、また、しばらく考えた。

「変な奴だ」

「よく言われます」

舜が言った。

宗助国が、かすかに笑った。

「今日から、島を案内してやる」

「ありがとうございます」

遼希が、記録帳を開いた。

「対馬守護、宗助国。初め警戒していたが、徐々に話を聞く姿勢を見せ始めた」

「漢語を解する僧・慶円、交渉の橋渡しとなる見込み」

書き終えた。

波の音が、聞こえていた。

扉が、少しずつ開き始めていた。

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