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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
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Ⅷ 帰還

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

1279年、夏。

崖山から、帰路についた。

遼海、遼西、遼高の三人が、馬を並べていた。

南の海から、北へ。

草原へ向かう道を、ゆっくりと進んでいた。

「終わったな」

遼海が言った。

「ああ」

遼西が答えた。

「俺たちが南に来てから、何年経つ」

「1267年から」

遼高が計算した。

「十二年か」

「長かったな」

三人は、しばらく黙って馬を進めた。

草原の風が、南から吹いてきた。

「父上に、何を話そうか」

遼高が言った。

「全部、話す」

遼西が答えた。

「全部、記録してあるから」

「俺たちが見たことを、全部、父上の記録と合わせる」

「それが、俺たちの仕事だ」


舜の家。

家族が、食卓を囲んでいた。

舜、星歌、遼希の三人だった。

「そろそろ、帰ってくるかしら」

星歌が言った。

「崖山の戦いが終わったと聞いた。もう動いているはずだ」

舜が答えた。

その時、外で馬の音がした。

遼希が立ち上がった。

「来ました」

だが、出てきたのは、クビライの使者だった。

「舜殿」

使者が頭を下げた。

「クビライ様より、言伝がございます」

「何か」

「南宋、完全に滅亡しました」

「崖山にて、最後の艦隊が壊滅しました」

「遼海殿、遼西殿、遼高殿、いずれも無事にございます」

舜は、使者を見ていた。

しばらく、何も言わなかった。

「そうか」

静かに、言った。

「遼海殿よりの伝言もございます」

「南宋側の書記官の記録も、合わせて持ち帰ります。帰るまで、お待ちください、と」

「分かった」

舜が頷いた。

「ご苦労だった」

使者が去った。


「終わったのね」

星歌が言った。

「そうだ」

「南宋が」

「ああ」

舜が、静かに答えた。

「俺がこの世界に来た時、すでにあった国だ」

「その国が、今、消えた」

「悲しい?」

星歌が聞いた。

「悲しい」

舜が正直に言った。

「だが、これも歴史だ」

「俺たちは、記録する」

「子供たちが、帰ってくる」

遼希が言った。

「そうだな」

舜が頷いた。

「全員、無事に、帰ってくる」


数日後、三人が帰ってきた。

遼海が、最初に馬から降りた。

「父上」

「帰ったか」

「はい」

「無事か」

「はい」

舜は、しばらく遼海を見ていた。

白髪が増えた。

額に、皺が増えた。

「全部、記録できたか」

「はい。勝者の記録も、敗者の記録も」

「南宋側の書記官が書いたものも、合わせてあります」

「そうか」

舜が言った。

「見せてくれ」

「はい」

遼海が記録帳を渡した。

星歌が、家の中から出てきた。

「遼海!」

「ただいま、母上」

「よかった。本当に、よかった」

続いて遼西と遼高も来た。

家族全員が、揃った。


食事を、一緒に取った。

遼高が、崖山の話をした。

陸秀夫のこと。

幼帝のこと。

南宋側の書記官のこと。

舜は、黙って聞いていた。

「敵側の記録も、合わせたのか」

「はい。両方あって初めて、本当の歴史になると思って」

「そうだ」

舜が言った。

「お前は、よく学んだ」

遼高が、嬉しそうに頷いた。

「管道昇は、どうだ」

舜が聞いた。

「今、臨安にいます」

遼海が答えた。

「十三歳になりました。絵と字が、上手くなっています」

「そうか」

舜が言った。

「いつか、会いに行きたいものだ」


その夜、舜が記録を書いていた。

遼希が、隣で記録を整理していた。

「父上」

「何だ」

「南宋の記録は、全部で何冊になりますか」

「まだ、数えていない」

舜が答えた。

「遼海の記録、遼高の記録、遼西の記録」

「南宋側の書記官の記録」

「全部合わせれば、かなりの量になりますね」

「そうだな」

「チンギス様の時代から、ずっと書き続けてきた」

「帝国の全てが、ここにある」

「父上は、後何年、書き続けますか」

舜は、しばらく考えた。

「書けなくなるまで、書く」

「それだけだ」

遼希が頷いた。

「俺も、続けます」

「ああ。頼む」


翌朝。

全員で、草原を歩いた。

遼海、遼西、遼高、遼希、舜、星歌。

六人で、草原に出た。

風が、吹いていた。

「気持ちいいな」

遼西が言った。

「南では、こんな風は吹かなかった」

遼高が続けた。

「湿った風ばかりだった」

「草原の風は、違う。乾いている」

「これが、俺たちの生まれた場所の風だ」

星歌が、少し笑った。

「私たちが来た時も、こんな風が吹いていたわ」

「父上と一緒に、初めてこの草原に来た時」

「覚えているのですか」

遼海が言った。

「忘れるわけがないでしょう」

星歌が言った。

「あれから、何十年も経った」

「だが、草原は変わらない」

舜が言った。

「俺たちが変わった」

六人は、しばらく、草原の風を受けて立っていた。


「父上」

遼海が言った。

「何だ」

「次は、何を記録しますか」

舜は、しばらく考えた。

「日本だ」

遼海が、顔を上げた。

「日本?」

「クビライ様が、使節を送ろうとしている」

舜が言った。

「日本は、まだ答えていない」

「いずれ、大きな動きになるだろう」

遼海は、草原の向こうを見た。

(日本)

(俺たちの、もとの国)

(あの国は、今どうなっているのだろう)

舜は、記録帳を開いた。

「1279年夏、三兄弟、帰還。南宋との戦い、完全に終わる」

「次の記録の対象、日本」

書き終えた。

草原の風が、吹いていた。

帝国は、まだ広がり続けていた。

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