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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
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Ⅳ 復興

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

1273年、春。

襄陽。

陥落から、数ヶ月が経っていた。

城内は、まだ片付けが続いていた。

焼けた家屋。

崩れた城壁。

人々が、瓦礫を運んでいた。

遼海は、その光景を見ていた。

(城は落ちた。だが、ここで生きる人々は残っている)

道端で、子供たちが遊んでいた。

昨日まで戦場だった場所で、笑っていた。

(人は、たくましい)

記録帳に書いた。

「1273年春、襄陽陥落後の復興作業始まる」

「住民、徐々に元の生活に戻りつつある。子供たちの声が、街に戻ってきた」

復興のための役人が、町を歩いていた。

「税は、当面免除する」

「物資は、こちらで配給する」

住民たちが、戸惑いながらも、列を作った。

「占領者が、こんなことをするとは」

ある老人が言った。

「思っていなかったのか」

遼海が聞いた。

「ああ。もっと、苛烈なことを覚悟していた」

「クビライ様は、統治する帝国を望んでいる」

遼海が答えた。

「破壊するだけでは、何も残らない」

老人は、しばらく遼海を見ていた。

「お前さん、漢人か」

「血は、漢人です」

「だが、モンゴルの記録者です」

「そうか」

老人は、それだけ言って、列に戻った。


アジュの陣営に、上都からの使者が来た。

「アジュ都元帥、クビライ様より勅命です」

使者が、書状を読み上げた。

「アジュは、北方へ帰還せよ」

「次の南進は、バヤンに任せる」

アジュが、その場で頷いた。

「分かった」

「バヤンが、来るのか」

遼海が聞いた。

「ああ」

アジュが答えた。

「バヤンは、戦上手だ。お前も、よく仕えろ」

「アジュ様は、北へ戻られるのですか」

「俺は、別の任務だ」

アジュが笑った。

「お前たちとは、ここで一旦お別れだ」

「六年、お世話になりました」

遼海が頭を下げた。

「お前も、よくやった」

アジュが言った。

「お前の記録を、楚材の子に見せてもらった」

「正確で、公平な記録だった」

「ありがとうございます」

「これからも、頼むぞ」

アジュは、馬に乗った。

振り返らずに、北へ向かった。

遼海は、その背中を見送った。

(あの明るさが、六年間、この陣営を支えていた)

記録帳に、書いた。

「アジュ都元帥、北方へ帰還。豪快にして公正な指揮官だった」


数日後、バヤンが、襄陽に到着した。

名将として知られる男だった。

落ち着いた、静かな雰囲気だった。

「遼海といったか」

「はい」

「お前の父上は、チンギス様の記録者だったな」

「そうです」

「俺の祖父も、チンギス様の時代から仕えていた」

バヤンが言った。

「お前の父上のことは、知っている」

「光栄です」

「これから、南へ進む」

バヤンが地図を広げた。

「目標は、臨安だ」

「臨安まで、どのくらいかかりますか」

「分からん」

バヤンが答えた。

「だが、襄陽が落ちた今、南宋に守りきれる城は少ない」

「水軍を増強する。長江を、渡る」

「長江は、大河です」

遼海が言った。

「南宋の最終防衛線と聞きます」

「そうだ。だが、必ず渡る」

バヤンの目に、迷いはなかった。

「お前たちには、引き続き記録を頼む」

「承知しました」

遼高も、頭を下げた。

「お前が、遼高か」

「はい」

「張順の記録を読んだ」

バヤンが言った。

「敵将であっても、正しく評価していた」

「これからも、そのように書け」

「承知しました」

バヤンは、地図を見つめた。

「長江までは、まだ時間がかかる」

「諸城を、一つずつ降していく」

「無理に攻めず、降伏を勧める。それで構わない」

「はい」


夜、遼海とバヤンが話していた。

「アジュ様とは、違う方ですね」

遼海が言った。

「どう違う」

「アジュ様は、豪快でした」

「俺は、慎重だ」

バヤンが答えた。

「それで、構わない」

「南宋という国を、どう見ていますか」

遼海が聞いた。

「長く続いた国だ」

バヤンが答えた。

「だが、もう支えきれない」

「俺たちがやることは、終わらせることだ」

「できるだけ、苦しみを少なく」

「はい」


その頃。

保護された少女、管道昇は、後方の町に送られていた。

七歳になっていた。

七星の一人が、その様子を見ていた。

「管道昇という子供は、どうしている」

遼海が聞いた。

「孤児院に、預けられています」

七星の者が答えた。

「絵を、よく描いているそうです」

「絵か」

「はい。木の枝で、地面に絵を描いていると」

「字も、覚えるのが早いと聞いています」

「世話をしている女性が、驚いていました」

「そうか」

遼海は、記録帳に書いた。

「少女、管道昇。後方の孤児院にて生活。絵を描くことを好み、学びが早い」

(牛富という男が、最後に守った子だ)

(この子が、どう生きていくか)

(記録し続けよう)


遼高が、孤児院の様子を聞いた。

「管道昇という子は、他の子供たちと、うまくやっているか」

七星の者が答えた。

「最初は、塞ぎ込んでいたようです」

「だが、最近は、絵を描いて他の子供たちに見せているとか」

「絵が、慰めになっているのかもしれません」

「そうか」

遼高は、記録帳に書いた。

「管道昇、心の傷を抱えつつも、絵を通じて他者と関わり始める」

(生きていく、ということだ)


遼西が、回回砲の整理をしていた。

「次の戦も、これを使うのか」

遼高が聞いた。

「使うだろう」

遼西が答えた。

「だが、長江を渡るには、水軍がいる」

「投石機だけでは、渡れない」

「水上で使えるように、改良できないか」

遼海が言った。

「考えてみる」

遼西が頷いた。

「船の上に乗せられれば、川を渡る前に、敵の船を狙える」

「やってみます」

イスマーイールが言った。

「遼西殿、また新しい機構ですか」

「ああ。船で使うとなると、揺れが問題になる」

「揺れを抑える台座が、必要ですね」

「そうだ。一緒に考えてくれ」

「もちろんです」

二人は、設計図を広げ始めた。


舜の家。

七星から報告が届いた。

「アジュ、北へ帰還。バヤン、南進軍を引き継ぐ。次の目標、長江・臨安」

舜は、記録を書いた。

「1273年春、襄陽陥落後の処理進む」

「アジュ、北方へ帰還。バヤン、新たな総指揮官として南進を継続」

「保護された少女、管道昇、孤児院にて成長中」

書き終えた。

遼希が、記録を読んでいた。

「父上、管道昇という子は」

「樊城で、ある男が最後に守った子だ」

「その男は」

「死んだ」

舜が答えた。

「でも、子供は生きている」

「記録に、残しているのですね」

「いつか、この子が何かを成すかもしれない」

「成さなくても、生きていること自体に意味がある」

「記録するのは、結果だけじゃない」

「過程も、記録する」

遼希が頷いた。

星歌が、隣に来た。

「臨安まで、長いわね」

「そうだな」

舜が答えた。

「長江は、大きな川だ。南宋の最後の壁だ」

「子供たちは、無事かしら」

「無事だ。バヤンという将軍は、優秀だと聞いている」

「クビライ様が、選んだ人物だ。安心していい」

「遼高の記録が、評価されたそうよ」

舜が言った。

「張順のことを書いたものだ。バヤン将軍が、読んでくれたらしい」

「敵将を、正しく評価したことが」

「遼高も、立派になったわね」

「みんな、立派になった」

舜が言った。

「あの子たちの記録は、もう俺の記録を超えている部分もある」

「視野が広い。様々な角度から書いている」

「あの子たちが、自分で見て、自分で考えたからだ」

草原の春の風が、吹いていた。

南の彼方で、次の戦いが、始まろうとしていた。

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