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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
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Ⅲ 陥落

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

1272年、冬。

回回砲が、組み上がった。

木の櫓は、高さ十丈を超えた。

頂点に、長い棒が乗っていた。

片方に、小山のような石と鉄を詰めた箱。

もう片方に、引くための長い紐。

イスマーイールが、遼海を見た。

「準備、できました」

「では、発射させてみろ」

遼海が命じた。

「滑車を回せ!」

牛と、数十人の兵が、紐を引いた。

「石を置け!」

巨大な石が、紐の先に乗せられた。

「箱を落とせ!」

箱が、台から落ちた。

轟音が、響いた。

石が、空に飛んだ。

弧を描いて、樊城の城壁に向かった。

重い音が、響いた。

城壁の一部が、崩れた。

モンゴル軍が、歓声を上げた。

「届いたな」

遼海が言った。

「もちろんです」

アラーウッディーンが答えた。

「昼夜問わず撃ち込め」

遼海が命じた。

「樊城の士気を、削れ」

「はい」


樊城。

呂文信が、城壁の崩れた箇所を見ていた。

守将であり、呂文煥の兄だった。

「牛富殿」

副官の牛富に言った。

「城壁が崩れたら、元軍を上がらせることになるのでは」

「大丈夫です」

牛富が微笑んだ。

「襄陽がありますし、こちらの士気は高い」

「まず、上がらさなければいい話です」

「そうだな」

呂文信は、安心した。

だが、轟音が、また響いた。

壁が、また崩れた。

何年も耐えてきた樊城の士気が、少しずつ下がり始めていた。

(ついに、終わるかもしれない)

その不安は、拭えなかった。


二週間が経った。

城壁は、何箇所も崩れていた。

「崩れた、な」

遼海が言った。

樊城は、降伏勧告を聞き入れなかった。

「ならば」

遼海は、目を閉じた。

(父上、申し訳ありません)

(ここからは、戦です)

「全軍、侵入せよ」

命令が、伝わった。

太鼓が鳴った。

モンゴル軍が、崩れた城壁から、城内に流れ込んだ。


城内。

牛富は、市街地に出た。

多くの民が、逃げ惑っていた。

(すまない)

牛富は、思った。

「全軍、家に入り、籠って戦え!」

「しかし、殿」

部下が言った。

「黙れ!国の存亡がかかっているのだぞ!」

「少しでも、遅らせるのだ!」

牛富は、一番大きい家に入った。

「すまない」

頭を下げた。

十名を、出入口に配置した。

「お母さん、この人たちは」

少女が、困惑していた。

牛富は、しゃがんだ。

「おじさん」

「君は、何か守りたいものがあるかい」

「守りたいもの」

「そう。おもちゃだったり、犬だったり。お母さんでもいい」

「じゃあ、お母さん!」

牛富の目に、涙が出そうになった。

「そうかぁ。おじさんはな、国を守りたいんだ」

「くに?大事な人なの?」

「そう」

牛富は、正面から見れなくて、目を逸らした。

「大切な人がたくさんいる」

「そうなの」

少女が、はにかんだ。

「なら、守らなきゃね」

「だから、今戦っているんだよ」

「じゃあ、おじさん、頑張れ〜」

「ありがとう」

(こんな子のためにも、全身全霊で守らねば)

「君の名前は」

「私?私の名前は管道昇だよ」

「そうか」

牛富が、少女を抱き上げた。

「あははっ。たかーい」

牛富は、涙を堪えた。

(まだ、負けてはいない)

(俺には、使命がある)

「おじさん、頑張ってくる」

「うん。また会おうな」

「うん!」

牛富は、踵を返した。

家を出た。

ほとんどの家が、燃え始めていた。

剣を抜いた。

「我が名は牛富!南宋軍侍衛親軍歩軍副都指揮使なり!」

一息で言い終えると、モンゴル兵が、こちらに向かってきた。

(なぜ、こんな奴らに、国を奪われねばならない)

(こちらが何かしたなら、謝ろう)

(こいつらは、何も聞かない)

(ただ、圧倒的な力で、攻めてきた)

(それに、少しでも立ち向かうことが、せめてもの忠義だ)

剣が、折れた。

モンゴル兵から、剣を奪い取った。

(なぜだ)

(管道昇)

(覚えたぞ)

(強く、生きてくれ)


遼海は、その光景を見ていた。

記録帳に、書いた。

「樊城陥落。守将呂文信、戦死。副官牛富、市街戦にて奮戦し、戦死」

「城内の民、家屋に籠って抵抗。被害、甚大」

書いていた手が、止まった。

(牛富)

(最後に、子供と話していた)

遼海は、近くにいた兵に聞いた。

「あの男が、抱いていた子供は」

「保護しました。少女です」

「名は」

「管道昇、と名乗っていました」

「その子を、傷つけるな」

遼海が命じた。

「保護を、続けろ」

「はい」

遼海は、記録帳に書いた。

「少女、管道昇。保護される」

「この名を、記録に残す」

(何かが、この子を、未来に繋げるかもしれない)

(俺には、それを書くことしかできない)


遼西が、回回砲を見ていた。

イスマーイールが、隣に来た。

「遼西殿、見事でした」

「ああ」

遼西は、城壁を見た。

崩れた箇所が、いくつもあった。

「俺の作ったものが、これを崩した」

「複雑な気持ちですか」

「複雑だ」

遼西が答えた。

「でも、これで戦が早く終わるなら」

「それも、一つの形だ」

「父上に、報告しなければ」

「何を書きますか」

「事実を、全て」

遼西が言った。

「俺が作ったものが、何をしたか」


襄陽。

五里牌の楼閣が、回回砲の一弾で、瓦礫となった。

襄陽で最も高い建物だった。

南宋軍の士気が、一気に下がった。

アジュからの降伏勧告が、城内に届いた。

「汝の忠義は、十分に示した」

「これ以上戦えば、城内の民を無駄に死なせるだけだ」

「降るなら、厚遇しよう」

呂文煥は、その文を読んだ。

(信兄上が、樊城で死んだ)

(目の前で見ていたのに、救えなかった)

炎上する城。逃げ惑う民。

(民を、これ以上危険に晒すのは、将として恥ずべきことだ)

呂文煥は、決心した。

従わない理由は、なかった。


降伏の礼装で、呂文煥がやってきた。

アジュが、出迎えた。

「降伏するのか、呂将軍」

「はい。もう、民を死なせたくはありません」

「だってよ、遼海」

アジュが笑った。

「よほど効いたんだな」

「どういう聞き方をしたら、そうなる」

遼海が答えた。

呂文煥は、その軽快なやり取りに、驚いた。

アジュは、見るからにモンゴル人だった。

だが、遼海という男は、漢人に見えるが、どこか違う雰囲気があった。

「六年の籠城を、終わらせて良いのだな」

アジュが聞いた。

「はい」

「そうか」

アジュが、微笑んだ。

「ありがとう」

襄陽は、ここに陥落した。


舜の家。

七星から報告が届いた。

「樊城・襄陽陥落。六年の包囲、終結。遼海・遼西・遼高、いずれも無事」

舜は、その文を読んだ。

「終わったか」

「六年か」

星歌が言った。

「長かったわね」

「次は、どこへ進むのだろう」

「臨安まで、まだ距離がある。でも、大きな一歩だ」

舜は、記録を書いた。

「1272年冬、樊城・襄陽陥落。南宋の最重要拠点、失われる」

「樊城の守将呂文信、副官牛富、戦死。少女管道昇、保護される」

「南宋滅亡への、決定的な一歩」

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