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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
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Ⅰ 遺志

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

1267年、春。

上都。

クビライが、将軍たちを集めた。

「南宋を、落とす」

クビライが言った。

天幕の中が、静まり返った。

「アリクブケとの戦が終わった。北は安定した」

「残るは、南宋だけだ」

クビライが地図を広げた。

「南宋は、百年以上生き残ってきた」

「金も落とせなかった国だ」

「だが、俺が落とす」

「どこから攻めますか」

「一つしかない」

クビライが地図の一点を指した。

「襄陽だ」

バヤンが地図を覗いた。

「漢水の要衝ですね。だが、堅固な城です」

「時間をかけて包囲する。焦る必要はない」

「指揮官は誰を」

「アジュだ」

「はい」

バヤンが頷いた。

遼海は、その場にいた。

(ついに、南宋か)

(チンギス様の時代から、ずっと残ってきた国が)

(今、落ちようとしている)

耶律鋳が遼海の隣に来た。

「遼海殿、どう思われますか」

「記録しなければ、と思っています」

「そうですね。この戦も、残さなければ」


バヤンが残った。

「クビライ様」

「なんだ」

「南宋は、金とは違います」

「川がある。水軍が要る」

「用意してある」

クビライが答えた。

「この戦は、俺の祖父が夢見た戦だ」

「チンギス様は、南宋を落とせなかった」

「オゴデイも、モンケも」

「だが、俺が落とす」

「はい」

バヤンが頷いた。

「必ず、落としてみせます」


翌日。

遼海が、クビライに呼ばれた。

「遼海」

「はい」

「アジュの幕下に入れ」

「はい。承知しました」

「お前の父上が記録してきたように、この戦も記録せよ」

「チンギス様の時代から、何もかも記録してきた」

「南宋の滅亡も、残せ」

遼海は、深く頭を下げた。

「はい。必ず」

「それから」

クビライが続けた。

「お前の弟の遼西に、聞いてみてくれ」

「フレグのもとで、回回砲の改良をしていたと聞いた」

「南宋の城を落とすには、強力な投石機が要る」

「遼西の技術が、役に立つかもしれない」

「はい。弟に、伝えます」

クビライが頷いた。

「この戦は、長くなる」

「焦るな。だが、確実に進め」

「はい」


舜の家。

遼海が帰ってきた。

家族が集まった。

「南宋か」

遼高が言った。

「そうだ。アジュ将軍の幕下に入る」

「遼西」

遼海が遼西を見た。

「クビライ様が、お前の技術を必要としている」

「回回砲のことか」

「そうだ。南宋の城を落とすために」

「分かった」

遼西が頷いた。

「俺も、行く」

「フレグ様のもとで学んだことを、使えるなら」

「それが、俺の仕事だ」

遼高が口を開いた。

「俺も、行こうか」

「南宋征服を、記録しなければならないだろう」

「現地にいなければ、書けない記録がある」

遼海が遼高を見た。

「危険だぞ」

「分かっている。それでも行く」

「俺は、記録者だ。現場にいなければ、意味がない」

三人が、舜を見た。

舜は、しばらく黙っていた。

「行け」

舜が言った。

「それぞれの場所で、記録せよ」

「遼希は、ここに残れ」

「はい、父上」

遼希が頷いた。

「俺と一緒に、ここで記録を続けろ」

「承知しました」

星歌が、静かに聞いていた。

「また、離れるのね」

「しばらくだ」

遼海が答えた。

「南宋征服が終われば、帰ってくる」

「約束よ」

「はい。約束します」

星歌が、三人の顔を見た。

「帰ってくるのよ」

「はい」

三人が、声を揃えた。


出発の前日。

遼西が、回回砲の設計図を広げていた。

遼高が、隣で見ていた。

「これが、バグダードで使ったやつか」

「改良版だ。射程が、元のものの三倍ある」

「三倍!」

「はい。フレグ様のもとで、十年かけて改良しました」

「タブリーズから、技術者も連れてくる予定です」

「イスマーイールとアラーウッディーン、二人に声をかけました」

「彼らが来てくれれば、この機械を組み立てられます」

遼高が設計図を眺めた。

「フレグ様の技術が、今度は南宋攻略に使われる」

「歴史というのは、つながっているな」

遼西が頷いた。

「そうですね」

遼高が、記録帳を出した。

「俺は、南宋で何を書けばいいだろう」

遼西が言った。

「見たものを、全部書けばいい」

「城壁のことも、民のことも」

「勝った側だけでなく、負けた側も」

「遼海兄さんと同じことを言うな」

「俺たちは、みんな父上の子だ」

「同じことを、考える」

遼高が笑った。


その夜、遼海が舜と二人で話した。

「父上、南宋のことを教えてもらえますか」

「南宋か」

舜が、少し考えた。

「臨安は、美しい都だ。西湖がある。水路が張り巡らされている」

「宮廷は、賈似道が牛耳っている」

「手強いですか」

「宮廷の連中は、弱い。だが、民は粘り強い」

「父上は、南宋が滅びることを、どう思いますか」

舜は、しばらく沈黙した。

「悲しいと思う」

舜が答えた。

「百年以上、生き残ってきた国だ」

「俺がここに来た頃から、あった国だ」

「その国が、消える」

「だが、それも歴史だ」

「俺たちは、記録する」

「良いことも、悲しいことも、全て残す」

「それが、俺たちの仕事だ」

遼海は、頷いた。

「俺は、ちゃんと記録します」

「南宋の人々のことも、ちゃんと書きます」

「勝った側だけでなく、負けた側も」

舜が、遼海を見た。

「そうしろ」

「それが、本当の記録だ」


翌朝。

三人が、出発した。

舜と星歌と遼希が、見送った。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

星歌が言った。

「帰ってきたら、全部聞かせてね」

「はい。南宋の料理も、食べてきます」

遼西が笑った。

「そんな余裕があるといいけど」

星歌も笑った。

三人が、馬を走らせた。

草原の向こうへ、消えていった。

舜が、その背中を見ていた。

(また、行った)

(だが、今度は帰ってくる)

舜は、家に入った。

筆を取った。

「1267年春、クビライ、南宋征服を決定。アジュを総指揮官に任命」

「遼海、アジュ幕下に入る。遼西、回回砲技術者として従軍。遼高、記録者として従軍」

「遼希、舜のもとに残り、記録を継続」

書き終えた。

南宋征服が、始まろうとしていた。

チンギスが目指した理想が、最後の段階に入った。

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