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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
分裂の危機

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Ⅵ 終熄

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

1264年、夏の終わり。

草原を、二人の男が馬で進んでいた。

遼海と遼高だった。

上都から、父の家へ向かっていた。

日が、西に傾いていた。

草の色が、金色に変わっていた。

「遼高」

「はい」

「腹は、減っていないか」

遼海が聞いた。

「大丈夫です。兄さんこそ」

「俺も大丈夫だ」

しばらく、黙っていた。

草原の風が、二人の間を吹き抜けた。

「カラコルムは、食料が厳しかったか」

遼海が聞いた。

「はい。かなり」

遼高が正直に言った。

「冬は、特に。市場から肉が消えていました」

「そうか」

遼海が前を向いた。

「俺が、封鎖していたから」

「兄さんのせいではありません。それぞれが、仕事をしていた」

「分かっています」

しばらく、また黙った。

「向こうで、誰か死んだか」

遼海が聞いた。

「市場の老人が、一人。食料が足りなかった」

遼海は、答えなかった。

「全部、記録したか」

「はい。老人のことも、全部」

「それでいい。それが、俺たちの仕事だ」

二人は、並んで馬を走らせた。

「一つ、聞いていいか」

遼海が言った。

「はい」

「お前は、アリクブケ様を、どう思っていたか」

遼高は少し考えた。

「立派なお方だと思っていました」

「草原の法を、最後まで信じていた」

「勝てないと分かっていても、民のことを考えて降伏した」

「そうか」

「兄さんは、クビライ様をどう思っていますか」

「立派な方だ。記録される帝国を作りたい、と言っていた」

「二人とも、立派なお方だったんですね」

「そうだな。だから、難しかった」

二人は、また黙った。

父の家が、見えてきた。

「遼高、これからは一緒に働けるな」

「そうですね。よろしくお願いします、兄さん」

「ああ。こちらこそ」

遼高が馬の速度を上げた。

遼海も、続いた。


星歌が、庭に出ていた。

草原の方を、見ていた。

「もうすぐ、来るかしら」

「分からない。だが、来る」

舜が答えた。

その時、草原の彼方に、二つの人影が見えた。

馬に乗っていた。

星歌が、駆け出した。

「遼海!遼高!」

声を上げながら、走った。

舜も、ゆっくりと歩いた。

二人の息子が、馬から降りた。

星歌が、遼高に抱きついた。

「よかった。お帰り。よかった」

星歌が、泣いていた。

遼高も、泣いていた。

「ただいま、母上」

「よかった。本当に、よかった」

「大きくなったわね。四年前より、ずっと大人になった」

「そうですか」

「そうよ」

星歌が、次に遼海に向いた。

「遼海、お帰り」

「ただいま、母上」

遼海の声が、かすかに震えた。

「疲れたでしょう」

「いいえ」

「嘘をついても分かるわよ」

星歌が、遼海の頬に手を触れた。

「お帰り」

「ただいま」

舜が、二人の前に来た。

「帰ったか」

「はい、父上」

「無事だったか」

「はい」

「そうか」

舜が頷いた。

「お帰り」

「ただいま、父上」

二人が、声を揃えた。

舜は、ただ頷いた。

それだけでよかった。

家の中。

四人で、茶を飲んだ。

「遼西は」

遼海が聞いた。

「西方に、まだいる。フレグ様のもとで、仕事をしている」

舜が答えた。

「手紙は来ているか」

「来ている。無事だ」

「みんな、生きている。それでいい」

しばらく、沈黙があった。

「父上」

遼高が言った。

「俺の記録を、見ていただけますか。カラコルムの記録です」

「見せろ」

遼高が記録帳を差し出した。

舜が、受け取った。

ゆっくりと、開いた。

市場の記録。

食料の値段の変化。

アリクブケの作戦。

老人のこと。

泣いていた子供のこと。

舜は、最後まで読んだ。

「よく書けている。本当に、よく書けている」

「ありがとうございます」

「お前の記録は、本物だ。俺の記録より、詳しい部分もある」

遼高が、顔を上げた。

「そんなことは」

「いや、本当だ。お前は、民の目線で書いている。俺には、書けなかった視点だ」

遼高の目が、潤んだ。

「父上、俺は正しいことをしていましたか。アリクブケ様の側にいたことは」

舜は、しばらく考えた。

「正しいかどうかは、俺には分からない」

「だが、お前は自分の場所で、精一杯やった。それは、間違っていない」

遼長が頷いた。

遼海が言った。

「俺も、同じことを考えていた。封鎖線を引いていた俺が、正しかったか」

舜が答えた。

「二人とも、それぞれの場所で、精一杯やった。それだけで、十分だ」

星歌が、茶を注いだ。

「難しい話は、また後で。今日は、帰ってきた日です」

「そうだな。今日は、お帰りの日だ」

舜が笑った。

珍しい笑顔だった。

遼海と遼高が、顔を見合わせた。

久しぶりに見る、父の笑顔だった。


夜、舜が遼海を呼んだ。

「遼海」

「はい」

「クビライ様のもとで、お前はどうだった」

「仕事をしていました」

「それだけか」

「...記録を取り、情報を整理し、封鎖線を管理していました」

「迷わなかったか」

「迷いました。遼高が向こうにいると知っていたから」

「だが、続けた」

「はい」

「なぜだ」

「早く終わらせることが、遼高のためにもなると信じていたから」

「今も、そう思うか」

「はい」

舜が頷いた。

「それでいい」

数日後。

遼希が、やってきた。

草原の彼方から、馬で来た。

「ただいま、父上」

「お帰り」

舜が言った。

遼希が、家に入った。

「母上!」

「遼希!」

星歌が、抱きついた。

「お帰り。よかった。本当に、よかった」

「ただいま、母上」

遼希も、泣いていた。

遼海と遼高が、居間から顔を出した。

「遼希」

「遼海兄さん、遼高兄さん」

三兄弟が、顔を見合わせた。

「無事だったか」

「はい。二人こそ」

「俺たちも無事だ」

遼希が、記録帳を取り出した。

「父上、カラコルムの記録です。遼高兄さんの分と合わせてください」

舜が受け取った。

「ありがとう。それで十分だ」

「はい。父上が言っていた言葉を、ずっと覚えていました」

「百年後、二百年後の人間が、この時代を知ることができると」

「覚えていたか」

「ずっと」

遼希が、初めて笑った。

遼海と遼高と遼希が、庭に出た。

三人で、空を見上げた。

「久しぶりだな。三人が揃うのは」

遼海が言った。

「四年ぶりですね」

遼希が答えた。

「遼西が来れば、四人になる」

「そうですね」

「いつか、揃う」

三人は、しばらく黙っていた。

星が、頭上に広がっていた。

同じ頃、西方から、遼西の手紙が届いた。

「父上、母上。元気にしています。三人が帰ったと聞きました。よかった」

「俺は、もう少し時間がかかります。でも、必ず帰ります。遼西より」

星歌が、手紙を読んだ。

「遼西も、元気ね。あとは、遼西が帰ってくれば、全員揃う」

「そうだな。いつか、全員が揃う」


舜が、記録を書いていた。

「1264年夏の終わり、遼海と遼高、帰還。数日後、遼希も帰還。遼西、西方より手紙。無事を報告」

「四人の息子たち、それぞれの場所で生き、それぞれの記録を残した」

書き終えた。

星歌が、隣に来た。

「全員、無事ね」

「そうだ」

「よかった」

舜が続けた。

「子供たちの記録を合わせれば、帝国の四方が見える」

「遼海の記録、遼高の記録、遼希の記録、遼西の記録」

「俺の記録と合わせれば、この時代の全てが残る」

「それが、俺たちにできることだった」

星歌が頷いた。

「子供たちは、あなたの仕事を継いだのね」

「そうだ」

舜が、窓の外を見た。

草原の夜が、広がっていた。

「チンギスが作った帝国は、今もここにある」

「それを、俺たちは記録し続けた」

「これからも、続ける」

星歌が、夫の横に座った。

草原の夜風が、静かに吹いていた。

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