表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
分裂の危機

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/74

Ⅲ 昔木土

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

テスト期間中で休止してました…再開します。

累計5000pvありがとうございます!!

1260年、冬。

昔木土。

ハンガイ山脈の南麓に広がる平原だった。

草は枯れ、大地は凍りついていた。

冬の空は低く、鉛色の雲が地平線まで続いていた。

風が吹くたびに、細かい雪の粒が舞い上がった。

その平原に、二つの軍勢が向かい合っていた。

アリクブケ軍、三万。クビライ軍、十万超。

出陣前の夜、アリクブケが遼高を呼んだ。

「お前が、遼舜の子か」

「はい。遼高と申します」

アリクブケが遼高を見た。

「お前の兄は、クビライのそばにいると聞いた」

「はい。そうです」

「それでも、ここにいるか」

「はい」

遼高は答えた。

「俺には、俺の場所があります」

アリクブケが少し笑った。

「正直な奴だ。嫌いではない」

「明日の戦で、記録を取れ。全て、後世に残せ」

「承知しました」

遼高は頭を下げた。

(このお方も、父上と同じことを言う)

(記録せよ、と)

翌朝、アリクブケが馬上に立った。

「チンギス様が勃興された時、手元にあったのは二千五百だった」

将軍たちに言った。

「我らは今、三万がいる。それで足りる」

「草原の法で選ばれたハンが、漢人の真似事をするハンに負けてはならない」

「おおっ!」

遼高は、後方でその光景を記録していた。

ボロンが隣に来た。

「遼高、今日はお前は後方で記録を取れ。戦うな」

「はい。承知しました」

「生きて、書け」

ボロンが、それだけ言った。

不器用な男の、精一杯の言葉だった。


クビライの陣地。

遼海が、バヤンの隣に立っていた。

前方に、アリクブケ軍の旗が並んでいた。

「向こうは三万だ。だが、侮るな」

バヤンが静かに言った。

「草原の騎馬戦は、あれが本領だ。慌てて突っ込めば、逆に崩される」

「はい」

遼海が答えた。

「まず弓で削る。両翼を展開して包囲する。時間をかけて追い詰める」

「アリクブケの兵糧は十日分しかない。時間は、こちらの味方だ」

遼海は前を見た。

(遼高が、向こうにいる)

(あの旗の列の、どこかに)

(会わないでいてくれ)

号令が、草原に響いた。

アリクブケ軍の騎馬が、一斉に動いた。

三万の騎兵が大地を蹴る轟音が、波のように広がった。

遼高は後方から、その光景を記録した。

「アリクブケ軍、全騎突撃開始。先頭、将軍トルゲ率いる精鋭五千」

クビライ軍の弓兵が一斉に構えた。

「放て!」

矢が空を覆った。

黒い点の群れが、弧を描いて降り注いだ。

先頭の騎馬が、次々と倒れた。

それでも、アリクブケ軍は止まらなかった。

矢の雨を、速度で抜けようとしていた。

最初の衝突の瞬間、大地が揺れた。

クビライ軍の前列が、大きく乱れた。

「突破だ!」

アリクブケ側の将軍たちが叫んだ。

だが、クビライ軍の両翼が動き始めた。

左右から、大軍が弧を描いて回り込んでくる。

「挟まれる!後退!」

突破しかけた騎馬が、引き返し始めた。

混乱が広がった。

「崩れるな!殿下の旗を見ろ!」

カラチャルが叫んだ。

その時、アリクブケの旗が前へ進んだ。

アリクブケ自身が、前に出ていた。

「退くな!」

その声で、混乱が止まった。

「続け!」

再突撃が始まった。

遼高は記録した。

「クビライ軍の両翼包囲、アリクブケ自らの督戦により阻まれる。戦況、膠着に入る」

戦いは、日が傾くまで続いた。

アリクブケ軍は何度も突撃し、その度に包囲を試みられ、その度に踏みとどまった。

クビライ軍は動じず、包囲を維持し続けた。

日が沈む頃、アリクブケが命じた。

「引け」

夜戦はしない。

アリクブケ軍が、北へ引き始めた。


アリクブケの天幕。

「損害は」

カラチャルが答えた。

「四千です。クビライ側は千あまりです」

「兵糧は」

「残り七日分です」

アリクブケは、しばらく黙っていた。

天幕の外で、冬の風が鳴っていた。

「北へ退く」

アリクブケが言った。

「草原の奥へ引いて、態勢を整える」

「また来る。必ず来る」

「はい」

カラチャルが頭を下げた。

「殿下、今日は見事な督戦でした。あの一声がなければ」

「崩れていた、と言いたいか」

「はい」

アリクブケが苦く笑った。

「俺が出なければ崩れる軍だ。それが現実だ」

「次は、別の手を考える」

遼高は、天幕の入口で命令を聞いていた。

(今日は、遼海兄さんと会わなかった)

(会わなくて、よかった)

(アリクブケ様は、諦めていない)

(この戦は、まだ続く)

遼高は記録帳を開いた。

「昔木土の戦い、アリクブケ軍、損害四千を出して北へ後退。クビライ軍、追わず」

書き終えた。

ボロンが来た。

「遼高、無事か」

「はい。ボロン隊長こそ」

「俺はいい」

ボロンが横に座った。

「父上に、文を書けるか」

「はい。書きます」

「そうしろ」

二人は、しばらく黙っていた。

北の風が、天幕を揺らした。


クビライの陣。

夜。

「アリクブケ、北へ退きました」

バヤンが報告した。

「追うか?」

「追わなくていい」

クビライが答えた。

「草原の奥へ入れば、補給が続かない」

「待つ。あいつは、また来る。その時、決める」

遼海は記録を取った。

「昔木土の戦い、クビライ軍が優位に立つ。アリクブケ、北へ後退」

筆を止めた。

(遼高は、無事か)

確かめる術がなかった。

ただ、無事であってほしかった。

バヤンが言った。

「遼海殿、今日の働き、見事でした」

「俺は、記録を取っていただけです」

「いや、お前が各所に送った情報が、両翼の展開を助けた」

遼海は黙った。

(俺の情報が、アリクブケ軍を追い詰めた)

(遼高がいる軍を)

「明日も、頼む」

バヤンが言った。

「はい」

遼海は記録帳を閉じた。

北の夜空に、星が出ていた。


西方。

遼西が、東からの知らせを受けた。

「昔木土で戦があり、クビライが優位に立ちました。アリクブケ、北へ後退」

「遼高の消息は」

「まだ不明です」

遼西は黙った。

天幕の外に出た。

西の空に、星が出ていた。

(兄たちが、向かい合った)

(遼海兄さんが情報を提供し、遼高兄さんがその向こうにいた)

(どちらも、必死で戦っていたはずだ)

アリフが後から来た。

「遼西様、明日の報告書の件ですが」

「後で」

遼西が答えた。

「今は、少し待ってくれ」

アリフが下がった。

遼西は、星を見ていた。

(生きていてくれ)

(四人とも、今夜も生きていてくれ)

風が、西から吹いてきた。

遼西は、天幕に戻った。

仕事が残っていた。

手を動かすことで、どうにか心を保っていた。


カラコルム。

遼希が報告を受けた。

「アリクブケ様が、退かれました。損害、四千。遼高様の消息は、まだ不明です」

遼希は目を閉じた。

(四千の中に、兄がいないか)

(いないと言ってくれ)

しばらく、動けなかった。

やがて、記録帳を開いた。

父から受け継いだ、記録する習慣だった。

「1260年冬、昔木土の戦い。アリクブケ、損害四千、北へ後退。遼高の消息、不明」

書き終えた。

窓の外を見た。

カラコルムの夜は、深かった。

(父上は、今頃何を書いているだろう)

(きっと、同じことを書いているはずだ)

(俺たちは皆、記録することで繋がっている)


舜の家。

翌日の昼、七星から報告が届いた。

「昔木土、クビライ優位。アリクブケ後退。遼高、無事確認。遼海、クビライ軍に在」

舜は、その文を二度読んだ。

星歌に渡した。

「遼高が、無事だって」

星歌が声に出して読んだ。

「よかった」

星歌の目が、潤んだ。

「本当に、よかった」

「遼海は」

「クビライ軍にいる。無事だ」

「遼西は」

「西方で、変わりなしだ」

「遼希は」

「カラコルムに、いる」

星歌が、ゆっくりと息を吐いた。

「四人とも、生きているのね」

「そうだ」

舜が静かに言った。

「今日は、それでいい」

舜は記録を書いた。

「1260年冬、昔木土の戦い終わる。遼高、アリクブケ軍に従い北へ退く。遼海、クビライ軍に在。遼西、西方で情勢を注視。遼希、カラコルムに残留。戦、続く」

筆を置いた。

戦は、まだ終わっていなかった。

だが、子供たちは今日も生きていた。

それだけで、今夜は十分だった。

草原の夜が、静かに更けていった。

レビュー、評価、感想をしてくだされば嬉しいです!!!!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ