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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
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Ⅸ 二旗

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

1260年、春。

開平。

クビライが、将軍たちを集めた。

三十二歳になった遼海も、その場にいた。

クビライの幕僚として、南宋征服に向けた情報収集を続けてきた男だ。

「諸君」

クビライが立ち上がった。

「モンケ・ハンが崩御されてから、半年が経った」

天幕の中が、静まり返った。

「これ以上、空位を続けるわけにはいかない」

「南宋はまだ落ちていない。北方の属国が揺れている」

「帝国が止まれば、敵が動く」

「俺がハンになる」

「おおっ!」

将軍たちが呼応した。

クリルタイが、正式に開かれた。

東方の将軍、行政官、漢人の文官たちが次々と跪いた。

「クビライ・ハン、万歳」

声が、平原に響いた。

遼海は記録を取りながら思った。

(チンギス様の孫が、ハンになった)

だが、筆を止めた。

(カラコルムは、まだ動いていない)


カラコルム。

同じ頃、アリクブケが別のクリルタイを開いていた。

草原の部族長、遊牧民の長老たちが集まっていた。

「クビライは、中原で即位した」

アリクブケが言った。

「だが、それは草原の法ではない」

「ハンは、草原で選ぶものだ」

「漢人の慣習に染まった者が、モンゴルのハンになれるか」

「おおおっ!」

長老たちが唱和した。

舜の家。

遼希が、部屋にこもっていた。

十七歳になった四男は、カラコルムから届いた急報を手に持ったまま、動けずにいた。

星歌が入ってきた。

「アリクブケ様が即位されたの、知ってるの」

「知ってる」

遼希が答えた。

「どうするつもり」

「...分からない」

文を机に置いた。

「遼海兄さんは、クビライ様のそばにいる」

「カラコルムに行けば、向かい合うことになる」

星歌は何も言わなかった。

しばらくして、遼希が顔を上げた。

「母上、俺はカラコルムに行きます」

「...」

「カラチャルから、呼び出しが来ている」

「断れないの」

「断れない」

遼希が立ち上がった。

「でも、必ず生きて帰ります」

星歌は息子の手を取った。

しっかりと、握った。

「約束よ」

「はい」


四川からの帰路。

遼高が、ボロン隊長と共に北上していた。

十九歳の三男は、モンケ崩御の知らせを受けてから変わっていた。

口数が減り、目が遠くを見るようになった。

「遼高」

ボロンが声をかけた。

「うむ」

「何を考えている」

「いろいろです」

遼高が正直に言った。

「カラコルムに戻れば、アリクブケ様のもとに合流することになりますよね」

「そうだ」

「遼海兄さんは、クビライ様のそばにいます」

「ああ」

「...兄弟で向かい合うことになりますか」

ボロンは答えなかった。

しばらくして、重く言った。

「それは、ハンが決めることだ」

「そうですね」

遼高は前を向いた。

だが、胸の奥が重かった。


西方。

フレグの天幕。

二十歳になった遼西が、報告書を広げていた。

「遼西」

フレグが声をかけた。

「クビライとアリクブケが争う」

「はい」

「俺は、どちらにもつかない」

フレグが地図を示した。

「ここは俺が守る。お前も残れ」

「承知しました」

遼西は天幕の外に出た。

西の空が広かった。

(帝国が割れていく)

(でも、俺はここに根を張る)

(それが俺の場所だ)

アリフが近づいてきた。

「遼西様、投石機の整備が終わりました」

「よし」

遼西は空から目を離した。

「引き続き頼む」

「はい」

仕事があった。

それだけで十分だと思った。


舜の家。

夜。

舜が記録を書いていた。

星歌が隣に座っていた。

「遼希が、カラコルムに行くと言ったわ」

「聞いた」

「止めなかったの」

「止められなかった」

舜は筆を止めた。

「あの子は、もう自分で決められる年だ」

「...そうね」

しばらく、二人は黙っていた。

「遼海は中原、遼西は西方、遼高は戻る途中、遼希はカラコルムへ向かう」

星歌が呟いた。

「四人がみんな、違う場所にいる」

「そうだな」

「心配じゃないの」

「心配だ」

舜が静かに言った。

「だが、それがこの帝国だ」

「チンギスが作ったものは、世界のどこまでも広がった」

「子供たちも、その広さに引き込まれていく」

星歌は答えなかった。

舜は記録を書き続けた。

「1260年春、クビライ、開平にて即位。アリクブケ、カラコルムにて即位を宣言。帝国、分裂の危機へ」

「遼海、クビライに従う。遼希、カラコルムへ向かう。遼高、南より帰還の途上。遼西、フレグと共に西方に留まる」

筆を置いた。

チンギスが語っていた。

国境のない世界を作る、と。

だが今、その帝国の内側に境界線が引かれようとしていた。

草原の風が、二つの方向から吹いていた。

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