Ⅶ 陥国
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
1258年、冬。
バグダード。
ティグリス川のほとりに建つ、古都だった。
七百年の歴史を持つ、イスラムの中心地。
だが、今、モンゴル軍に包囲されていた。
フレグ軍、十万が街を囲んでいた。
遼西は、投石機を配置していた。
十八歳になった次男は、もう百人の技術者を率いていた。
「アリフ」
「はい」
「投石機、全部で何台?」
「三十台です」
アリフが答えた。
「よし」
遼西が頷いた。
「全て、北門に集中させろ」
「そこが、一番弱い」
「承知しました」
城内。
カリフのムスタアスィムが、宮殿にいた。
最後のアッバース朝カリフだった。
四十代の男で、太っていた。
「宰相」
「はい」
宰相のイブン・アルカミが答えた。
「モンゴル軍は、何人だ?」
「十万です」
「我らは?」
「五万です」
「...足りんな」
ムスタアスィムが震えた。
「ですが、城壁は堅固です」
イブン・アルカミが言った。
「持ちこたえられます」
「そうか...」
ムスタアスィムは、不安だった。
フレグの天幕。
将軍たちが集まっていた。
「諸君」
フレグが地図を広げた。
「バグダードを、落とす」
「これで、西方は完全にモンゴルのものになる」
キトブカが聞いた。
「攻撃は、いつですか?」
「明日だ」
フレグが答えた。
「遼西の投石機で、城壁を破る」
「そして、突入する」
「はっ!」
翌朝。
攻撃が始まった。
遼西の投石機が、一斉に火を吹いた。
三十台が、同時に石を放つ。
巨大な石が、空を飛ぶ。
城壁に、次々と当たる。
ドーン!ドーン!ドーン!
轟音が響く。
「すごい...」
フレグが呟いた。
「あれほどの威力か」
キトブカも感心していた。
「遼西は、天才ですね」
城壁が、崩れ始めた。
「くっ...」
ムスタアスィムが歯噛みした。
「持ちこたえろ!」
だが。
投石機の攻撃は、容赦なかった。
数日で、城壁に大きな穴が開いた。
「突入しろ!」
フレグが叫んだ。
モンゴル軍が、雪崩れ込む。
「敵だ!」
バグダード兵が迎え撃つ。
だが。
数の差は、圧倒的だった。
市街戦が始まった。
激しい戦いだった。
だが。
モンゴル軍が、じわじわと進んでいく。
ムスタアスィムは、宮殿で震えていた。
「も、もうだめだ...」
イブン・アルカミが言った。
「陛下、降伏しましょう」
「...降伏?」
「はい」
「だが...」
「このままでは、全員が死にます」
イブン・アルカミが続けた。
「降伏すれば、命は助かるかもしれません」
「...分かった」
ムスタアスィムが頷いた。
「降伏する」
白旗が、宮殿に掲げられた。
フレグ軍が、宮殿に入った。
フレグが、ムスタアスィムの前に立った。
「ムスタアスィム」
「...フレグか」
「お前が、最後のカリフだな」
「...ああ」
ムスタアスィムが震えながら答えた。
「お前は、何百年も続いたアッバース朝を終わらせる」
フレグが冷たく言った。
「歴史に、その名を刻め」
「...」
ムスタアスィムは、何も言えなかった。
数日後。
ムスタアスィムが、処刑された。
絨毯に包まれて、馬に踏ませられた。
血を流さない処刑法だった。
アッバース朝は、滅亡した。
七百年の歴史が、終わった。
イスラム世界は、衝撃を受けた。
「カリフが...殺された」
「アッバース朝が...滅んだ」
「モンゴルは...恐ろしい」
恐怖が、広がった。
遼西は、この様子を見ていた。
(これが、戦か)
(国が、滅ぶ瞬間だ)
遼西は、記録を取った。
兄のように。
「1258年冬、バグダード陥落」
「アッバース朝滅亡」
「投石機、効果的に使用される」
フレグが、遼西を呼んだ。
「遼西」
「はい」
「お前の投石機が、バグダードを落とした」
フレグが言った。
「見事だった」
「ありがとうございます」
遼西が頭を下げた。
「これから、さらに西へ進む」
フレグが続けた。
「シリアを攻める」
「お前の技術が、まだ必要だ」
「承知しました」
遼西が答えた。
だが。
内心では複雑だった。
(俺の技術が、国を滅ぼす)
(これでいいのか)
同じ頃。
中原。
遼海が、クビライと話していた。
「クビライ様」
「うむ」
「フレグ様から、報告が来ました」
遼海が手紙を見せた。
「バグダードが、陥落したと」
「...!」
クビライが驚いた。
「本当か」
「はい」
「アッバース朝が...」
クビライが感慨深げに言った。
「七百年の歴史が、終わったのか」
「はい」
「...すごいな」
クビライが呟いた。
「弟は、やはり優れている」
「遼西も、活躍したそうです」
遼海が続けた。
「投石機で、城壁を破ったと」
「遼西か」
クビライが微笑んだ。
「お前の弟も、優れているな」
「ありがとうございます」
カラコルム。
モンケが、報告を受けていた。
「フレグが、バグダードを落とした」
「はい」
側近が答えた。
「アッバース朝は、滅亡しました」
「...そうか」
モンケが頷いた。
「よくやった」
「では、次は南宋だ」
モンケが立ち上がった。
「俺自ら、南宋を攻める」
「...!」
側近が驚いた。
「ハン自ら、ですか?」
「ああ」
モンケが答えた。
「南宋は、最後の大敵だ」
「俺が、決着をつける」
遼高が、モンケの元へ呼ばれた。
十八歳になった三男は、もう立派な将校だった。
「遼高」
「はい」
「お前を、俺の遠征に連れて行く」
モンケが言った。
「南宋攻めだ」
「...!」
遼高が目を輝かせた。
「ありがとうございます!」
「お前は、まだ若い」
モンケが続けた。
「だが、優れている」
「必ず、役に立つ」
「はい!」
遼高が深く頭を下げた。
遼舜の家。
遼希が、父と話していた。
十六歳になった四男は、まだ進路が決まっていなかった。
「父上」
「うむ」
「俺、まだ分からないんです」
遼希が言った。
「何をすればいいのか」
「...そうか」
遼舜が微笑んだ。
「遼希」
「はい」
「焦らなくていい」
遼舜が言った。
「お前には、お前の時が来る」
「それまで、ゆっくり考えればいい」
「...はい」
遼希が頷いた。
1258年の冬は、終わろうとしていた。
バグダードが陥落し、アッバース朝が滅んだ。
遼西は、フレグと共に西方にいた。
遼海は、クビライと共に中原にいた。
遼高は、モンケと共に南宋攻めに向かうことになった。
遼希は、まだ自分の道を探していた。
遼舜は、記録を続けた。
「1258年、バグダード陥落、アッバース朝滅亡」
「遼西の投石機、活躍」
「モンケ、南宋親征を決意」
「遼高、従軍決定」
遼舜は、筆を置いた。
(歴史が、大きく動いている)
草原の風が、吹いていた。
帝国の風だった。
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