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覇狼、地を貫く  作者: 神箭花飛麟
西域へ

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Ⅸ 追撃

時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。

※ジョージアはグルジアと表記しています。

1220年、秋。

カスピ海沿岸。

ジョチ、ジェベ、スブタイの三万が、西へ進んでいた。

「ムハンマドの痕跡は?」

ジョチが聞いた。

「この先の街に、いたようです」

スブタイが答えた。

「だが、また逃げました」

「...しぶといな」

ジェベが呟いた。

「もう、半年追っている」

「ああ」

ジョチが頷いた。

「だが、必ず捕らえる」

「父上の命令だ」

三人は、さらに西へ進んだ。


ムハンマドは、逃げ続けていた。

わずかな側近と共に。

ラシードが、横を走っていた。

「陛下、もう限界です」

「...分かっている」

ムハンマドが答えた。

だが、止まれなかった。

(モンゴルが、追ってくる)

(止まれば、捕まる)

数日後。

また一人、側近が離れた。

「陛下、申し訳ありません」

側近が頭を下げた。

「もう、ついていけません」

「...行け」

ムハンマドが答えた。

「お前を、責めはしない」

側近は、去っていった。

ラシードが言った。

「陛下、残っているのは私だけです」

「...そうか」

ムハンマドが寂しそうに笑った。

「皆、去ったか」


1221年、冬。

カスピ海の小島。

ムハンマドは、そこに辿り着いていた。

もう、逃げる場所がなかった。

ラシードも、病に倒れていた。

「陛下...」

ラシードが呻いている。

「もう...だめです...」

「ラシード」

ムハンマドがラシードの側に座った。

「よく、ついてきてくれた」

「陛下...申し訳...ありません...」

ラシードは、息絶えた。

ムハンマドは、一人になった。

「俺も...一人か」

ムハンマドが呟いた。

かつての大国の王。

だが、今は孤独な逃亡者だった。

「母上...」

ムハンマドが空を見上げた。

「俺は...間違っていた」

「モンゴルを...侮っていた」

「そして...国を...滅ぼした」

ムハンマドも、病に倒れた。

疫病だった。

「グルガンジは...どうなった...」

ムハンマドが呟いた。

だが、もう誰も答えない。

「ホラズムは...」

数日後。

ムハンマドは、孤島で息絶えた。

誰にも看取られず。

一人で。

かつての大国の王は、そうして死んだ。


ジョチたちは、ムハンマドの死を知った。

「陛下が...死んだ?」

ジョチが聞いた。

「はい」

斥候が答えた。

「孤島で、病死したそうです」

「...そうか」

ジョチが頷いた。

「では、これ以上追う必要はないな」

「ですが」

スブタイが言った。

「父上は、捕らえろと」

「死んだ者は、捕らえられん」

ジョチが答えた。

「それに」

ジョチが西を見た。

「この先に、何があるか見てみたい」

「...!」

ジェベが理解した。

「では、さらに西へ?」

「ああ」

ジョチが頷いた。

「父上も、許してくれるだろう」

「未知の土地を、見てこい」

三人は、さらに西へ進んだ。


カフカス山脈。

高い山々が連なっていた。

その麓に、いくつかの国があった。

グルジア。

アルメニア。

小国が、点在していた。

グルジアの王、ギオルギは、報告を受けていた。

「モンゴル軍が、来た?」

「はい」

側近のダヴィドが答えた。

「三万ほどの軍勢だそうです」

「三万...」

ギオルギが考え込んだ。

「我らは?」

「二万です」

「...足りんな」

ギオルギが言った。

「アルメニアに、援軍を頼め」

「はっ」


数週間後。

グルジア・アルメニア連合軍、四万が集まった。

ジョチたちの三万と、対峙した。

「敵は、四万か」

ジョチが呟いた。

「我らより、多いな」

「どうしますか?」

スブタイが聞いた。

「戦う」

ジョチが答えた。

「ここで引くわけにはいかん」

「承知しました」

戦いが始まった。

グルジア・アルメニア連合軍が、突撃する。

重装騎兵だった。

鎧に身を包んだ馬と兵。

「来たぞ!」

ジェベが叫んだ。

「矢だ!」

モンゴル軍が、矢を射る。

雨のように降り注ぐ。

「ぐあっ!」

連合軍兵が倒れる。

だが。

重装騎兵は、止まらなかった。

モンゴル軍に、突っ込む。

「くっ...」

ジョチが歯噛みした。

「重い...」

「ジョチ様!」

スブタイが叫んだ。

「包囲を!」

「ああ!」

ジョチが命じた。

「両翼から回り込め!」

モンゴル軍が、両翼に展開した。

そして。

連合軍を包囲した。

「...!」

ギオルギが驚いた。

「包囲されている!」

「退け!」

連合軍が、退却を始めた。

だが。

モンゴル軍が、追撃する。

「逃がすな!」

ジェベが叫んだ。

矢が、退く敵兵を射抜く。

「ぐあっ!」

次々と倒れていく。

ギオルギは、わずかな兵と共に逃げ延びた。

(モンゴルは...強すぎる)


モンゴルの陣営。

ジョチが、勝利を喜んでいた。

「よくやった」

ジョチが将兵に言った。

「敵より少ない兵で、勝った」

「だが」

スブタイが言った。

「この先、どうしますか?」

「さらに西へ」

ジョチが答えた。

「まだ、見ぬ土地がある」

「はい」

三人は、カフカスを越えた。


草原。

広大な草原が広がっていた。

「これは...」

ジョチが呟いた。

「モンゴルの草原に似ている」

「ああ」

ジェベが頷いた。

「だが、もっと緑が濃い」

「ここは、どこだ?」

スブタイが聞いた。

「分かりません」

斥候が答えた。

「ですが、遊牧民がいるようです」

「遊牧民か」

ジョチが興味を示した。

「会ってみよう」


数日後。

モンゴル軍は、遊牧民の集落に出会った。

キプチャク族だった。

族長のバチュが、出迎えた。

「ようこそ」

バチュが言った。

「我らは、キプチャク族だ」

「モンゴルから来た」

ジョチが答えた。

「チンギス・ハンの息子、ジョチだ」

「...!」

バチュが驚いた。

「モンゴル...」

「噂は聞いている」

「ならば、話は早い」

ジョチが言った。

「我らに、従え」

「...」

バチュは、迷った。

だが。

「分かった」

バチュが頭を下げた。

「従おう」

「賢明だな」

ジョチが笑った。

こうして、キプチャク族はモンゴルに従った。


さらに西。

ルーシ(ロシア)の地だった。

いくつかの公国が、点在していた。

キエフ大公国。

ノヴゴロド公国。

小国が、割拠していた。

キエフ大公、ムスチスラフが報告を受けていた。

「モンゴル軍が、来た?」

「はい」

側近が答えた。

「キプチャク族を従えて」

「...厄介だな」

ムスチスラフが言った。

「他の公たちに、連絡を」

「はっ」


数週間後。

ルーシ連合軍、五万が集まった。

ジョチたちの三万と、カルカ川のほとりで対峙した。

「敵は、五万か」

ジョチが呟いた。

「また、我らより多いな」

「ですが」

スブタイが笑った。

「我らは、勝ってきました」

「ああ」

ジョチが頷いた。

「今回も、勝つ」


戦いが始まった。

ルーシ軍が、突撃する。

だが。

モンゴル軍は、偽装退却をした。

「退け!退け!」

ジェベが叫んだ。

モンゴル軍が、退き始めた。

「モンゴルが逃げるぞ!」

ルーシ兵が叫んだ。

「追え!」

ムスチスラフが命じた。

ルーシ軍が、追撃する。

だが。

それは罠だった。

モンゴル軍が、突然反転した。

「今だ!」

ジョチが叫んだ。

モンゴル軍が、ルーシ軍に襲いかかった。

「...!」

ムスチスラフが驚いた。

「罠だ!」

だが、もう遅かった。

ルーシ軍は、大混乱に陥った。

モンゴル軍が、包囲する。

「ぐあっ!」

ルーシ兵が、次々と倒れる。

ムスチスラフは、辛うじて逃げ延びた。

(モンゴルは...恐ろしい)


カルカ川の戦い。

モンゴル軍の圧勝だった。

ルーシ軍、五万のうち三万が死傷した。

ジョチは、この地を記憶した。

「この草原は、良い」

ジョチが呟いた。

「いつか、ここに戻ってこよう」

スブタイが頷いた。

「はい」

「では、父上の元へ戻るか」

ジェベが言った。

「ああ」

ジョチが頷いた。

「十分、見てきた」

三人は、東へ向かった。

三年間の西征が、終わろうとしていた。


1223年、春。

アウラガ。

遼舜が、遼海と遼西を見ていた。

遼海は、十歳になっていた。

遼西は、三歳だった。

「父上」

遼海が言った。

「ジョチ様たちが、戻ってくるんだって」

「ああ」

遼舜が頷いた。

「三年ぶりだな」

「どこまで行ったの?」

「カスピ海を越えて、さらに西だそうだ」

遼舜が答えた。

「すごい...」

遼海が目を輝かせた。

「俺も、いつか遠くに行きたい」

遼舜は、遼海を見た。

(この子も、大きくなった)

(もう、十歳か)


数日後。

ジョチ、ジェベ、スブタイが戻ってきた。

三万の兵と共に。

チンギスが、出迎えた。

「よく戻った」

「ただいま戻りました」

ジョチが頭を下げた。

「ムハンマドは?」

「死にました」

ジョチが報告した。

「孤島で、病死したと」

「...そうか」

チンギスが頷いた。

「では、ホラズムは完全に終わったな」

「はい」

「他には?」

「カフカスを越え、草原に出ました」

ジョチが続けた。

「そこで、キプチャク族を従え」

「さらに西のルーシと戦いました」

「...!」

チンギスが驚いた。

「ルーシまで?」

「はい」

「よくやった」

チンギスが笑った。

「お前たちは、未知の土地を開いた」

「ありがとうございます」

三人が頭を下げた。


遼舜は、記録を取っていた。

「1221年、ムハンマド死亡」

「1221-1223年、ジョチ・ジェベ・スブタイ西征」

「カフカス制圧、キプチャク族従属」

「カルカ川の戦い、ルーシ軍撃破」

遼舜は、思った。

(モンゴルの版図が、広がり続けている)

(もう、どこまで広がるのか分からない)


チンギスは、地図を見ていた。

東は、金を滅ぼした。

西は、ホラズムを滅ぼした。

さらに西まで、兵が到達した。

「次は...」

チンギスが呟いた。

「どこへ行くべきか」

草原の風が、吹いていた。

新しい征服の時代は、まだ続く。

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