Ⅵ 復讐
時代考証などはすべて集英社「アジア人物史 第5巻 モンゴル帝国のユーラシア統一」に拠ります。
失恋やら進学やらでスランプに陥ってました…。回復してきたので今日から再開したいと思います。申し訳ありません。
1220年、春。
オトラル。
包囲は、半年を超えていた。
街の中は、地獄だった。
食料は尽き、水も足りない。
疫病が流行り、死者が街に溢れていた。
イナルチュクは、城壁の上に立っていた。
やつれ果てた顔。
だが、まだ目には光があった。
「総督」
兵のファリドが来た。
「もう、限界です」
「兵の半分が、病に倒れました」
「...」
イナルチュクは、黙った。
「降伏しましょう」
ファリドが続けた。
「このままでは、全員死にます」
「いや」
イナルチュクが首を振った。
「俺は、降伏しない」
「ですが...」
「モンゴルに捕まれば、殺される」
イナルチュクが言った。
「どうせ死ぬなら、戦って死ぬ」
ファリドは、何も言えなかった。
チャガタイの陣営。
「兄上」
オゴデイが報告に来た。
「城内から、兵が脱出してきました」
「ほう」
チャガタイが興味を示した。
「何人だ?」
「三十人ほどです」
「捕らえたか?」
「いえ、降伏を申し出ています」
オゴデイが答えた。
「イナルチュクに見限られたそうです」
「...そうか」
チャガタイが頷いた。
「では、もう時間の問題だな」
「はい」
二人の副将、ボロクルとチラウンが来た。
ボロクルが言った。
「総攻撃をかけますか?」
「ああ」
チャガタイが答えた。
「明日、攻める」
「全軍に伝えろ」
翌朝。
モンゴル軍の総攻撃が始まった。
投石機が、石を放つ。
破城槌が、城門を叩く。
梯子が、城壁に立てかけられる。
「来たぞ!」
ファリドが叫んだ。
「守れ!」
だが。
兵たちは、もう戦えなかった。
病気で倒れている者。
飢えで動けない者。
「くっ...」
イナルチュクが歯噛みした。
城門が、ついに破られた。
モンゴル軍が、雪崩れ込む。
「敵だ!」
わずかに残った兵が、迎え撃つ。
だが。
数の差は、圧倒的だった。
次々と倒れていく。
イナルチュクは、剣を抜いた。
「来い、モンゴル!」
モンゴル兵が、襲いかかる。
イナルチュクの剣が、敵を斬った。
「ぐあっ!」
だが。
イナルチュクも、傷を負った。
肩から、血が流れる。
「くっ...」
その時。
チャガタイが現れた。
「イナルチュク」
「...チャガタイか」
二人が、対峙した。
「お前が、父上の商人を殺した男だな」
「ああ」
イナルチュクが笑った。
「俺が殺した」
「四百人を」
「...!」
チャガタイの目が、怒りに燃えた。
「許さん」
チャガタイが剣を抜いた。
だが。
オゴデイが止めた。
「兄上、待ってください」
「何だ」
「殺すのは、後です」
オゴデイが言った。
「父上に、見せるべきです」
「...」
チャガタイは、迷った。
だが。
「...分かった」
チャガタイが剣を納めた。
「捕らえろ」
モンゴル兵が、イナルチュクを捕らえた。
「離せ!」
イナルチュクが暴れる。
だが、無駄だった。
数日後。
チンギスの陣営。
イナルチュクが、縛られて連れてこられた。
チンギスが、玉座に座っていた。
「イナルチュク」
チンギスの声が、冷たかった。
「...チンギス・ハン」
「お前が、俺の商人を殺したのか」
「ああ」
イナルチュクが答えた。
「俺が殺した」
「四百人もの何の罪もない、商人を」
「罪?」
イナルチュクが笑った。
「奴らは、間者だった」
「違う」
チンギスが立ち上がった。
「彼らは、ただの商人だった」
「交易に来ただけだ」
「...」
「だが、お前は殺した」
チンギスが続けた。
「財宝が欲しかったからな」
「くっ...」
イナルチュクが歯噛みした。
「お前の貪欲が、この戦を招いた」
チンギスが宣告した。
「お前を、処刑する」
「...好きにしろ」
イナルチュクが言った。
「だが、後悔はしていない」
チンギスは、冷たく笑った。
「後悔させてやる」
「...?」
「銀を溶かして、お前の目と耳に流し込む」
「...!」
イナルチュクが震えた。
「お前が奪った財宝を、お前の体に戻してやる」
「やめろ!」
イナルチュクが叫んだ。
だが。
チンギスは、手を振った。
「やれ」
処刑場。
イナルチュクが、台に縛られた。
兵たちが、銀を溶かしている。
「やめろ!やめてくれ!」
イナルチュクが叫んだ。
だが。
溶けた銀が、イナルチュクの目に流し込まれた。
「ぎゃあああああ!」
イナルチュクの悲鳴が、響いた。
次に、耳に流し込まれた。
「ぐあああああ!」
イナルチュクは、もがき苦しんだ。
だが。
やがて、動かなくなった。
死んだのだ。
チンギスは、それを見ていた。
「これで、商人たちの仇を討った」
チンギスが呟いた。
「安らかに眠れ」
遼舜は、記録を取っていた。
だが、震えていた。
(これが...復讐か)
グルガンジ。
ムハンマドは、すでに逃げていた。
わずかな側近と共に。
「陛下、どこへ?」
ラシードが聞いた。
「カスピ海だ」
ムハンマドが答えた。
「そこで、再起を図る」
だが。
ムハンマドの心は、もう折れていた。
(モンゴルは...強すぎる)
(俺には、勝てない)
テルケン・ハトゥンは、グルガンジに残っていた。
「逃げないのですか」
側近の一人が聞いた。
「いいえ」
テルケン・ハトゥンが答えた。
「私は、ここで最後まで戦います」
テルケン・ハトゥンの目が、光っていた。
「この国を、守り抜きます」
チンギスの陣営。
「殿」
クビライが報告に来た。
「ムハンマドが、逃げたそうです」
「ほう」
チンギスが興味を示した。
「どこへ?」
「カスピ海の方へ」
「...そうか」
チンギスが考えた。
そして。
「ジョチ、ジェベ、スブタイ」
「はっ」
三人が前に出た。
「お前たちに、命じる」
チンギスが言った。
「ムハンマドを追え」
「...!」
「三万の兵を与える」
「ムハンマドを捕らえるまで、追い続けろ」
「承知しました」
三人が頭を下げた。
ジョチが聞いた。
「父上、グルガンジは?」
「俺とトルイとオゴデイで攻める」
チンギスが答えた。
「お前たちは、ムハンマドを追え」
「はっ」
数日後。
ジョチ、ジェベ、スブタイは、三万の兵を率いて西へ向かった。
「ムハンマドは、どこだ」
ジョチが聞いた。
「カスピ海の西、と聞いています」
スブタイが答えた。
「遠いな」
ジェベが呟いた。
「ああ」
ジョチが頷いた。
「だが、追う」
「父上の命令だ」
三人は、西へ駆けた。
草原を越え、砂漠を越える。
ムハンマドを追って。
遼舜は、アウラガに戻っていた。
遼海と遼西を抱いていた。
「父上、また行くの?」
遼海が聞いた。
「ああ」
遼舜が頷いた。
「グルガンジを攻める」
「いつ、帰ってくるの?」
「...分からない」
遼舜が正直に答えた。
星歌が言った。
「無事で帰ってきてね」
「ああ」
遼舜が星歌を抱いた。
そして、遼西を見た。
まだ、生まれたばかりの息子。
「遼西、父さんはまた行くけど」
「必ず、帰ってくるからな」
遼西は、何も分からず、ただ笑っていた。
遼舜は、家族を抱きしめた。
(必ず、生きて帰る)
モンゴルの陣営。
チンギスが、将軍たちに言った。
「グルガンジを攻める」
「ホラズムの首都を落とせば、この国は終わる」
将軍たちが、頷いた。
「全軍、出陣だ」
「はっ!」
草原の風が、西へ吹いていた。
ホラズムの終わりが、近づいていた。
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