第61話 帰還の夜、蒼月亭の灯り
帰ってきた者には、語るべき物語がある。
待っていた者には、それを聞く時間がある。
蒼月亭は宿であり、修理屋であり、そして――
人が集まり、物語を持ち寄る場所だった。
その夜。
失われたはずの“日常”が、完全な形で戻ってきた。
◆ 灯りの下
蒼月亭の中は、久しぶりに賑やかな声で満ちていた。
ランプの灯りが揺れ、長机の上には料理が並ぶ。
焼いた肉。煮込み。焼きたてのパン。
そして、酒。
「ほら、どんどん食べな!」
ミレーヌが皿を置く。
「うわぁ……」
セラが思わず声を漏らす。
「この匂い……」
フィオも目を細めた。
レオンが笑う。
「帰ってきたって実感がするな」
その言葉に、全員が頷いた。
アリアも隣に座り、嬉しそうに見回している。
「いっぱい話して!」
「もちろんだ」
レオンは杯を持ち上げた。
「蒼月亭に――」
一瞬止まり、
「帰ってこれたことに」
「乾杯!」
「乾杯!」
杯がぶつかる音が、心地よく響いた。
◆ ヴァルディアの街
「それで、どうだったんですか? ヴァルディアは」
カイが身を乗り出す。
レオンは少し考え、答えた。
「大きかった」
単純な言葉だったが、その重みは十分だった。
「オルフェンの……三倍、いやもっとかもな」
「そんなに……」
カイが驚く。
セラが続ける。
「人の数が違うの。
朝から夜まで、ずっと誰かが動いてる」
フィオも頷く。
「商人の数も多い。
見たことのない物もたくさんあった」
レンが言う。
「ギルドも大きかった。
依頼の数も……桁が違う」
ミレーヌが腕を組む。
「やっぱり貿易の街だね」
「うん」
レオンが続けた。
「港もあった。
船が何十隻も並んでた」
アリアが目を輝かせる。
「すごい……」
その姿を見て、セラが微笑む。
「でもね」
「?」
「なんだか……落ち着かなかった」
◆ 再会
「それで――」
レオンが酒を一口飲み、
「ダリウスにも会った」
その言葉に、ミレーヌが反応した。
「あの大男かい?」
「ああ」
カイも身を乗り出す。
「元気でしたか?」
「相変わらずだった」
レオンは笑った。
「最初は驚いてたよ。
『こんな所で会うとはな!』って」
セラも笑う。
「蒼月亭のことも覚えてた」
ミレーヌが満足そうに頷く。
「あいつは義理堅いからね」
「蒼月亭はどうなった?って聞かれた」
レオンは周囲を見回した。
「だから言ってやった」
「?」
「ちゃんとあるって」
一瞬、静寂。
そして――
ミレーヌが笑った。
「あはははは!ちゃんとあるよっ」
◆ 選んだ場所
フィオが言う。
「依頼のことなんだけど」
「はい」
「ヴァルディアでも受けられる。
報酬もいい」
カイが頷く。
「そうでしょうね」
「でも」
レオンが続けた。
「俺たちは、オルフェンで受けることにした」
ミレーヌが眉を上げる。
「どうしてだい?」
レオンは、迷わず答えた。
「帰ってくる場所があるからだ」
その言葉に、誰も何も言わなかった。
その代わり、ミレーヌが酒を注いだ。
「いい答えだ」
◆ 恋しかった味
しばらくして。
セラがパンを一口食べ、
目を見開いた。
「……やっぱり」
「?」
「この味」
フィオも頷く。
「旅の間、ずっと思い出してた」
レンが笑う。
「焚き火の飯も悪くないけどな」
レオンが言う。
「でも――」
一瞬止まり、
「蒼月亭の飯には敵わない」
ミレーヌが鼻で笑う。
「当然だよ」
だが、その目は優しかった。
カイも嬉しそうに微笑む。
アリアは楽しそうに話を聞いている。
リディアは少し離れた場所で酒を飲みながら、静かにその光景を見ていた。
――戻ってきた。
完全に。
蒼月亭は、また“蒼月亭”になった。
◆ 夜は続く
笑い声。
杯の音。
語られる旅。
語られる未来。
そのすべてが、蒼月亭の壁に染み込んでいく。
外では、静かな夜。
だが、この中には――
確かな灯りがあった。
この回は「帰還の宴」。
戦いではなく、“帰ってきた後の時間”に焦点を当てた回です。
ヴァルディアという大きな世界を見ても、
彼らは蒼月亭に戻ってきました。
それは、利便性ではなく――
「帰る理由」があるからです。




