第二章 第六十四話 朝のスープ
旅人達は、昨日助け合ったからといって、ずっと一緒に進むわけではありません。
だからこそ、その一晩の縁を大事にするのでした。
魔物の討伐が終わった後。
野営地には、安堵した空気が広がっていた。
商人達が次々と周囲を確認していく。
「馬無事だ!」
「荷崩れもなし!」
「怪我人いねぇぞ!」
あちこちから声が上がる。
そして誰かがぽつりと呟いた。
「……こんなこと、まずないぞ」
その言葉に、周囲も頷く。
普通なら。
誰かが怪我をする。
荷車が壊れる。
馬が暴れる。
少なくとも、何かしら被害は出る。
だが今回は違った。
荷車防壁。
共同見張り。
そして何より、リディアとルナの戦闘力。
全部が噛み合っていた。
ミレーヌは周囲を見ながら、小さく息を吐く。
「まだ終わってないよ」
その声で、少し緩んだ空気が戻る。
「警戒は続ける」
ミレーヌは静かに言った。
「夜明けまでは交代で休みな」
「おう」
「了解」
商人達も素直に従う。
完全に現場責任者扱いだった。
その横で、カイは荷車側面を確認していた。
「……問題なし」
「お前、まず荷車見るんだな」
リディアが呆れる。
「防壁だったので」
真顔だった。
ルナは既に毛布へ戻っていた。
「もう眠いにゃ……」
「さっきまで暴れてただろ」
「戦闘と睡眠は別にゃ」
意味不明だった。
その後。
見張りを交代しながら、野営地は少しずつ静かになっていく。
焚き火の火。
荷車の影。
遠くの川音。
リディアもようやく剣を横へ置いた。
これだけ人数がいる。
荷車も組まれている。
今夜は大丈夫だ。
「……悪くない」
小さく呟く。
そして夜は、そのまま静かに過ぎていった。
翌朝。
野営地には、再び温かな匂いが広がっていた。
鍋だ。
昨夜倒した魔物の肉。
野草。
香草。
塩。
ミレーヌ達は、朝から普通に調理していた。
「ほんと食うな、お前ら……」
商人の一人が苦笑する。
「食えるなら食うさ」
ミレーヌが笑った。
ルナは完全に上機嫌だった。
「うまいにゃー」
「朝から元気だねぇ」
「肉だからにゃ」
理屈が雑だった。
やがて、商人達にも次々とスープが配られていく。
「ありがてぇ……」
「朝に温かいの沁みるな……」
「昨日助けてもらった上に飯まで」
空気はかなり穏やかだった。
年配商人がミレーヌへ頭を下げる。
「蒼月亭の女将には世話になったな」
「大袈裟だよ」
「いや本当だ」
別の商人も笑う。
「今度紅陽行ったら礼させてくれ」
「飯食ってきな」
ミレーヌが軽く返す。
その横では、商人達がカイの荷車をまた見ていた。
「やっぱいいなこれ」
「揺れ少ないんだよな」
「昨日の防壁も助かった」
カイは少し困った顔をする。
「まだ改良途中です」
「完成したら買うぞ」
即答だった。
そして朝食を終えると、商隊達はそれぞれ動き始めた。
荷物確認。
馬の準備。
進路確認。
「じゃあな!」
「また旅先で!」
「蒼月亭寄るぞー!」
そんな声が飛び交う。
ミレーヌも軽く手を振った。
旅人達は、またそれぞれの道へ戻っていく。
だが確かに昨夜、この場所で一つの流れが交わっていた。
そしてミレーヌ達もまた、橋の向こう側へ進み始める。
今回は“魔物襲撃後の朝”回でした。
物流路では、こうした一晩限りの縁もまた、大切な繋がりになっています。




