第二章 第五十八話 川辺宿の様子
任せるというのは、放り出すことではありません。
ちゃんと見に行くからこそ、人は安心して任されるのでした。
朝。
蒼月亭の食堂。
ミレーヌは帳簿を眺めながら、小さく頷いていた。
「ふむ……」
その向かいでは、ルミアとカリナが朝の準備を進めている。
注文。
配膳。
仕込み。
最近は完全に動きが安定していた。
「どうしたんですか?」
ルミアが聞く。
ミレーヌは帳簿を閉じる。
「川辺宿、思ったより回ってる」
「本当ですか?」
カリナが嬉しそうに顔を上げた。
「物資の減り方も安定してきたしねぇ」
つまり、“客が定着し始めている”。
一時的な賑わいではない。
ちゃんと流れが出来始めていた。
その時。
裏口からカイが入ってくる。
「裏の蝶番直しました」
「朝から働くねぇ」
「閉まらなかったので」
即答だった。
その様子に、ルミア達が少し笑う。
ミレーヌは少し考え込み、
「……よし」
と立ち上がった。
「川辺宿、見に行くか」
食堂が少し止まる。
「えっ」
ルミアが目を丸くした。
「ミレーヌさんが?」
「なんだいその反応」
「いや……蒼月亭どうするんです?」
ミレーヌは普通に答えた。
「前に川辺宿立ち上げた時、数日空けただろ?」
その言葉に、ルミアとカリナが顔を見合わせる。
確かにそうだった。
リナの実家を改修し、川辺宿を開いた時。
ミレーヌとカイ、リディアは数日間紅陽を離れていた。
その間、蒼月亭を回していたのは、
ルミア
カリナ
ルナ
セラ
アリア
達だった。
忙しくはあった。
けれど、店はちゃんと回った。
「……あの時も何とかなりましたね」
カリナが少し笑う。
「何とかじゃなく、ちゃんと回ってたよ」
ミレーヌが言う。
「だから今回も大丈夫さ」
ルミアも少し安心したように息を吐く。
「そう言われると……確かに」
その時。
「行くにゃ?」
いつの間にかルナがパンを齧っていた。
「お前どこから出てきた」
「食堂にゃ」
当然みたいに答える。
リディアも食堂へ入ってくる。
「川辺宿?」
「様子見だよ」
ミレーヌは笑った。
「店の空気は、帳簿だけじゃわからないからね」
その言葉に、リディアは静かに頷く。
人の流れ。
客層。
宿の空気。
現地でしか見えないものは確かにある。
結局。
今回向かうのは、
ミレーヌ
カイ
リディア
ルナ
の四人になった。
「レオン達は?」
カイが聞く。
「今回は村の護衛優先だ」
ダリウスが答える。
最近は紅陽周辺の人流も増えている。
完全に主力を空けるわけにはいかなかった。
準備が進む。
その横で、ルミアが小さく笑った。
「……なんだか不思議ですね」
「何がだい?」
「前は“手伝ってる”感じだったのに」
今は違う。
ちゃんと、“任されている”。
ミレーヌはその言葉に、少しだけ優しく笑った。
「店ってのは、そうやって繋がっていくんだよ」
蒼月亭の朝は、今日も慌ただしい。
けれどその慌ただしさは、少しずつ“次へ繋ぐ形”へ変わり始めていた。
今回は“ミレーヌの川辺宿視察”準備回でした。
蒼月亭も少しずつ、“ミレーヌだけの店”から、“皆で繋ぐ場所”へ変わり始めています。




