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第二章 第五十五話 紅陽便

良い道具というものは、使った人間から広がっていきます。

宣伝よりも、「また使いたい」の一言の方が強いこともありました。

数日後。


紅陽の正門前。


一台の荷車を囲み、商人達が集まっていた。


「これが例の荷車か?」


「揺れが少ないって話の?」


噂は、思ったより早く広がっていた。


ロークがニヤニヤしながら腕を組む。


「触るだけなら無料だ」


「壊したら倍払え」


商人達が苦笑する。


その横で、カイは車輪下を覗き込んでいた。


いつも通りである。


「……まだ少し硬い」


「聞いてるか?」


ロークが呆れた。


カイは顔を上げる。


「あ、はい」


「今、固定具の方を……」


「お前ほんとそればっかだな」


商人の一人が荷台へ手を置く。


「確かに軽いな」


「押してみても?」


「どうぞ」


男が軽く押す。


荷車は滑らかに動いた。


「おお……」


「静かだ」


別の商人も驚いている。


普通の荷車なら、ギシギシ鳴る。


だが紅陽の試作荷車は違った。


「荷崩れもしにくいらしいぞ」


「山賊襲撃でも崩れなかったって聞いた」


その言葉に、周囲の空気が少し変わる。


商人達が一番嫌うのは、“積荷損失”だった。


「護衛より助かるかもしれんな……」


誰かが呟く。


その時。


ダリウスが通りかかり、荷車を見る。


「また人増えてるな」


「噂になってるみたいです」


カイが答える。


ダリウスは荷車側面を軽く叩く。


追加された薄い鉄板。


矢避け用試作。


まだ範囲は狭い。


だが確実に前進していた。


「……これ、避難にも使えるな」


ダリウスが小さく言う。


カイは少し考えた。


「怪我人とかですか?」


「それもある」


ダリウスは頷く。


「子供や老人も運べる」


その瞬間。


カイの表情が少し変わる。


戦うため。


ではなく。


守るため。


その方向なら、すぐ理解できた。


「……それなら」


カイは荷車を見る。


「揺れ、もっと減らしたいです」


ロークが吹き出す。


「終わりが見えねぇな」


「まだ途中なので」


真顔だった。


その時。


広場側から、子供達が走ってくる。


「乗っていいー!?」


「だめだ」


即答するカイ。


「まだ固定終わってません」


「えー!」


そのやり取りに周囲が笑う。


だが。


商人達はもう理解し始めていた。


この荷車は、ただの荷運びではない。


“安心して運べる”。


それが、どれほど価値のあることかを。


その頃。


少し離れた場所。


旅装の男が、広場を静かに見ていた。


視線の先は、荷車。


そしてカイ。


「……なるほどな」


小さく呟く。


誰にも聞こえない声。


男はそのまま人混みへ紛れていった。


紅陽の流れは、もう止まらない。


人も。


物も。


そして、噂も。

今回は“紅陽便”が少しずつ形になり始める回でした。

「安全に運べる」という価値が、紅陽の新しい強みになり始めています。

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