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第二章 第五十四話 守るための荷車

新しい技術は、いつも大きな発明から始まるわけではありません。

「壊れなかったらいい」――そんな小さな願いから生まれることもありました。

翌日。


ロークの武器屋裏。


朝から、金属を叩く音が響いていた。


「だから、ここに板を付けるんです」


カイが荷車の側面を指差す。


ロークは腕を組みながら聞いていた。


「全部鉄にすると重くなるぞ」


「なので全面じゃなくて、必要な場所だけです」


荷車の横には木板。


その上へ、細い金属板を貼り付けている。


昨日の山賊戦。


あの時、荷車を盾に使った。


そこから思いついた補強だった。


「矢なら、角度つければ流せると思うんです」


カイが説明する。


「真正面で受けるより、滑らせた方が……」


「また“流れ”か」


ロークが笑った。


「でも理屈はわかる」


その横ではダリウスも荷車を見ている。


「前面補強すれば、前進盾にもなるな」


完全に軍人視点だった。


カイは少し困った顔をする。


「そこまで考えてないです」


「だろうな」


ダリウスが苦笑する。


カイの目的は単純だった。


“人と荷物を無事に運ぶ”。


それだけ。


その時。


ルナが荷車へ飛び乗る。


「おー、なんか強そうにゃ」


「乗るな、まだ固定してない」


「にゃっ」


グラッと荷車が揺れる。


だが以前ほど軋まない。


レオンが感心したように言う。


「ほんと変わったな」


「静かだしな」


フィオも頷いた。


以前ならギシギシ鳴っていた。


今は音がかなり減っている。


カイは新しい固定具を締めながら言う。


「壊れ方が変わったんです」


「壊れ方?」


リディアが聞く。


「前は一箇所に負担が集中してました」


カイは工具を動かす。


「でも今は、少しずつ分散してる」


「だから急に壊れない」


ダリウスが静かに頷いた。


「……兵站向きだな」


「へいたん?」


ルナが首を傾げる。


「荷運びだ」


「それなら最初からそう言えばいいにゃ」


レオンが吹き出す。


その時だった。


武器屋前で声が上がる。


「この荷車、紅陽製か?」


見知らぬ商人だった。


どうやら昨日、街道ですれ違った男らしい。


荷車をじっと見ている。


「噂通り、揺れ少ないな……」


ロークの目が細くなる。


「よく見てんな」


「商人は荷車見るもんだ」


男は即答した。


「積荷壊れるかどうかで利益変わる」


完全に実務目線だった。


カイは少し驚いた顔をする。


だが同時に、少し嬉しそうでもあった。


自分の改良が、“使われる側”へ届き始めている。


「完成したら、一台売ってくれ」


商人が言う。


ロークがニヤリと笑う。


「高いぞ?」


「壊れるより安い」


即答だった。


その言葉に、カイが少し止まる。


壊れない方が安い。


それは、前世でも何度も聞いた言葉だった。


工場。


止まるライン。


壊れる機械。


そして、夜通しの修理。


「……」


ほんの一瞬。


前世の記憶が掠める。


油の匂い。


熱。


回転音。


だがすぐ、蒼月亭から声が飛んだ。


「カイー!」


ミレーヌだった。


「裏口また閉まらない!」


「行きます!」


即答。


ロークが腹を抱えて笑う。


「結局そっちか!」


「修理屋なので!」


走っていくカイ。


その背中を見ながら、ダリウスが小さく呟いた。


「……面白い街になったな」


紅陽は今日も少しずつ変わっていく。


戦うためではなく。


守るために。

今回は“荷車補強”と“守るための改良”回でした。

カイの発想は、あくまで「安全に運ぶため」。

けれどその技術は、少しずつ紅陽そのものを強くし始めています。

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