第二章 第五十一話 川辺の夜
人の流れが増えると、街は変わっていきます。
けれど、変わるのは建物だけではありませんでした。
その夜。
川辺宿は満席だった。
「三番テーブル追加お願いしまーす!」
「パン切れそうです!」
「今焼いてる!」
リナが慌ただしく動き回る。
村娘達も必死だ。
以前は静かだった民家。
だが今は、旅人達の笑い声で溢れていた。
「本当に宿になったなぁ」
レオンがしみじみ言う。
ルナがパンを頬張りながら頷く。
「おいしいにゃ」
「お前ずっと食ってるな」
「働いたにゃ」
「半分寝てただろ」
フィオが吹き出す。
その横で、カイはまた何かを修理していた。
「……蝶番削れてる」
宿裏の扉だった。
リナが申し訳なさそうに言う。
「最近、人増えて開け閉め多くて……」
「大丈夫です」
カイは工具を動かす。
「むしろ良いことなので」
その時。
入口側が少し騒がしくなった。
新しい旅人達だ。
荷運び風の男達。
泥だらけの外套。
「空いてるか?」
「食堂ならまだ!」
リナが慌てて案内する。
男達は席へ座ると、一気に水を飲み干した。
「助かった……」
「今日は森道最悪だったな」
「聞いたぞ。最近あの辺、山賊増えたらしい」
その言葉に、レオン達が視線を向ける。
「やっぱ他も狙われてるのか」
フィオが小さく呟く。
男達は話を続ける。
「荷増えたからなぁ」
「紅陽方面、最近景気いいだろ」
「商人も増えてる」
「そのうち護衛必須になるぞ」
リディアは静かに聞いていた。
山賊達は偶然ではない。
流れを見て動いている。
その時。
旅人の一人が、ふと荷車を見る。
宿裏へ止められた改良荷車。
「……あれ、動き軽くないか?」
「ん?」
「車輪音ほとんどしなかったぞ」
カイの手が少し止まる。
だが男達はそれ以上深くは言わなかった。
「最近の紅陽、職人増えてるらしいしな」
「石畳もすげぇって聞いた」
「辺境のくせに妙に発展してる」
半分冗談のような会話。
けれど。
少しずつ、“紅陽の違和感”は外へ広がり始めていた。
その頃。
宿の外。
リディアは一人で川辺へ出ていた。
夜風が静かに吹く。
川の音。
虫の声。
そして。
「……いる」
小さく呟く。
森側。
視線。
ほんのわずか。
誰かがこちらを見ていた。
だが敵意は薄い。
気配も弱い。
“偵察”。
そんな感じだった。
リディアは剣へ手を置く。
だが抜かない。
数秒後。
気配は消えた。
逃げた。
追えば追える。
けれど。
「……まだいい」
リディアは静かに空を見る。
紅陽の流れは、もう周囲へ広がり始めている。
そしてそれは。
良いものだけを引き寄せるわけではなかった。
今回は“紅陽の評判が外へ広がり始める回”でした。
まだ小さな違和感ですが、周囲は少しずつ紅陽を認識し始めています。




