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第二章 第四十四話 北の話

知らない土地の話は、それだけで人を惹きつけます。

特にその土地が、地図の向こう側にあるなら尚更でした。

夜。


蒼月亭の食堂は、いつもより静かだった。


北から来た男は、窓際の席に座っている。


目の前には煮込み。


そして黒パン。


ミレーヌが腕を組む。


「南の飯、口に合うかい?」


男は少し考えた。


「……温かい」


「そりゃ良かった」


ミレーヌが笑う。


その周囲には、自然と人が集まっていた。


ルナ。


レンファ。


レオン達《黎明の風》。


そしてリディア達。


「北って、やっぱ寒いの?」


フィオが興味津々で聞く。


男は短く頷く。


「冬は、人が死ぬ」


軽い口調ではない。


事実として言っている。


空気が少し静かになる。


「雪も深い」


「街ごと埋まる」


セラが目を丸くした。


「そんなに……?」


「南とは違う」


男は窓の外を見る。


「春も短い」


「だから蓄える」


ルナが少し首を傾げる。


「獣人の国も寒いけど、そこまでじゃないにゃ」


その瞬間。


男の視線がルナへ向く。


「……ルクスリアか」


ルナが目を瞬かせる。


「知ってるにゃ?」


「昔、一度だけ寄った」


男は静かに答えた。


「港がある」


レンファが少し驚く。


「本当に向こう側から来てるんだな……」


今まで、どこか実感が薄かった。


だが今、確かに繋がった。


北方山脈の向こう。


ルクスリア。


そしてさらに北。


ちゃんと人が暮らしている。


その時。


カイがふと聞く。


「海路は普通に使われてるんですか?」


男は頷く。


「山越えより遥かに安全だ」


「普通は船を使う」


ダリウスが腕を組む。


「なら、余計に古道を使う理由がわからんな」


男は少し黙った。


そして低く言う。


「急ぐ奴は、山を越える」


静かな声だった。


「船は遅い」


「記録も残る」


カリナが目を細める。


「つまり、古道は“隠れるための道”」


「そういうことだ」


男は否定しない。


その時だった。


リディアが静かに聞く。


「……今も、使われているのか」


男は視線を向ける。


数秒。


何かを測るような沈黙。


やがて。


「最近また増えた」


短く答えた。


「前よりずっとな」


空気が変わる。


リディアの目が細くなる。


「何が運ばれてる」


「知らん」


男は即答した。


「俺は運び屋じゃない」


「ただ、山を越える連中を見た」


「昔より増えてる」


ルミアが静かに地図を見る。


「北側でも、何か動いている……」


男はその言葉には答えなかった。


ただ、煮込みを一口食べる。


その横で、レオンが小さく呟く。


「なんか、世界広ぇな」


フィオが笑う。


「今さら?」


「いや、紅陽にいると忘れる」


レオンは窓の外を見る。


石畳。


灯り。


人の流れ。


ここが世界の中心みたいに感じてしまう。


だが実際には。


その先に、まだ知らない土地が広がっている。


その時だった。


男の視線が、ふと壁へ向く。


蒼月亭に飾られた古い剣。


リディアの剣だった。


男は一瞬だけ目を止めた。


だが、特に何も言わない。


ただ。


ほんのわずかに、視線が細くなった気がした。

今回は“北側世界”が少し具体化する回でした。

そして最後に、ほんの小さな違和感だけが残っています。

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