第二章 第三十九話 古道の先
危険な道には理由があります。
そして、それでも進む者がいるなら――そこには必ず目的がありました。
夜。
紅陽の北外れ。
森へ続く裏道近く。
リディアとダリウスは、木陰から静かに様子を見ていた。
月明かりは薄い。
風も弱い。
だが、その分だけ音がよく響く。
――ギィ……
荷車の車輪音。
「来た」
リディアが小さく呟く。
黒布を被せた荷車。
今夜は一台だけ。
だが護衛は増えていた。
前後に四人。
さらに森側にも気配がある。
「警戒が強くなってるな」
ダリウスが低く言う。
「気付かれてる可能性は?」
「まだない」
リディアは即答した。
「でも、“誰かに見られている前提”では動いてる」
荷車は街道を避け、そのまま森側の細道へ入っていく。
リディア達も静かに追う。
しばらく進むと、道幅が急に狭くなった。
木々も深い。
普通の荷車なら通りたがらない道だ。
だが。
「……慣れてる」
リディアの目が細くなる。
御者に迷いがない。
何度も通っている動きだった。
さらに奥。
やがて、道が二手に分かれる。
一方は北。
もう一方は北西。
荷車は迷わず北西へ進んだ。
その瞬間。
ダリウスの顔が変わる。
「……あっちか」
「知ってるの?」
「古道だ」
ダリウスは低く答える。
「あの先は、北方山脈の旧越境路へ繋がる」
「旧?」
「昔、極少数の探索隊が使った記録がある」
「だが今は閉鎖同然だ」
リディアが静かに道を見る。
岩場。
急斜面。
しかも途中から雪地帯へ入る。
荷車向きではない。
「それでも行く」
「……相当な理由だな」
その時だった。
前方の護衛の一人が立ち止まる。
空気が変わる。
「止まれ」
低い声。
リディアとダリウスは即座に気配を消した。
護衛は周囲を見回す。
静寂。
数秒。
やがて。
「……気のせいか」
再び歩き始める。
だが、リディアは目を細めていた。
「勘がいい」
「訓練されてる」
ダリウスも頷く。
ただの密輸屋ではない。
統率。
警戒。
動き。
全部が普通ではない。
しばらくして。
荷車はさらに北西へ消えていく。
リディアは追わなかった。
「ここまで」
「いいのか?」
「十分」
短く答える。
「道は掴めた」
ダリウスは少しだけ笑う。
「お前、本当に斥候向きだな」
「元々そう」
その帰り道。
紅陽の灯りが遠くに見えてくる。
石畳。
蒼月亭。
門の火。
静かな安心感。
だが、その背後では。
誰にも知られない“別の流れ”が、北方山脈へ続いている。
その事実だけが、静かに残っていた。
一方その頃。
蒼月亭では。
「……つまり、北西古道ですか」
カリナが地図へ印を付けていた。
ルミアも真剣な顔で見ている。
「その道、魔族領の外縁を掠めます」
「やっぱり通過地点なんだねぇ」
ミレーヌが腕を組む。
「でも、その先は?」
ルミアはゆっくり首を振った。
「……わかりません」
「少なくとも、正式国家の記録はほぼ残っていない」
静かな沈黙。
その横で、カイがぽつりと呟く。
「でも、荷車は通ってる」
誰も否定できなかった。
未知の道。
未知の先。
そして。
そこへ向かう、明確な“流れ”。
紅陽は今、その入口を見つけ始めていた。
今回は“北西古道”が正式に判明する回でした。
まだ敵も目的も見えませんが、“世界の外側へ繋がる道”だけは確実に存在しています。




