第二章 第三十六話 紅陽の鍛治師
街が有名になる時、広がるのは噂だけではありません。
人も、技術も、少しずつ名前を持ち始めるのでした。
商館予定地の視察から数日後。
紅陽は相変わらず忙しかった。
中央通りでは、石畳を荷車が絶えず行き交っている。
蒼月亭も満席。
川辺宿からの追加注文も増え始めていた。
そんな中。
ロークの武器屋には、珍しく行列ができていた。
「……なんだこれ」
ローク本人が一番驚いている。
「鍛治依頼?」
カイも店先を覗き込む。
冒険者。
護衛。
旅商人。
普段より明らかに多い。
その理由は単純だった。
「紅陽の武器、見せてほしいんだ」
「軽いのにやたら切れるって聞いた」
「修理もできるらしい」
噂が広がっていた。
ロークがため息をつく。
「誰だよ余計なこと広めたの」
「冒険者じゃないですか?」
カイは苦笑した。
実際、最近の紅陽戦闘組はかなり目立っている。
青白く光る剣。
連携。
異常な制圧力。
嫌でも噂になる。
その時。
店の入口が開いた。
「よう」
ダリウスだった。
背中には、あの剣。
黒に近い刀身。
派手さはない。
だが、空気が違う。
冒険者達の視線が自然に向く。
「おっさん、また傷増えてるにゃ」
ルナが笑う。
「訓練だ」
ダリウスは平然としていた。
そのまま剣をカウンターへ置く。
ゴトッ。
重い音。
カイが少し眉を上げる。
「結構使いましたね」
「いい斬れ味だ」
ダリウスは短く答えた。
カイは剣を抜く。
静かな空気。
周囲の冒険者達も思わず見ていた。
「……綺麗だ」
誰かが呟く。
魔力剣のような青白い発光はない。
だが刀身そのものが異様に整っている。
無駄がない。
均一。
そして重い。
「その剣……」
若い冒険者が思わず口を開く。
「魔力剣じゃないのか?」
「違う」
ダリウスが即答した。
「これは“鍛えぬかれた剣”だ」
短い言葉。
だが重みがあった。
カイは静かに刃を確認する。
細かな傷。
刃こぼれ。
使われ方。
全部を見る。
「まだまだ大丈夫です」
「少し研ぎ直します」
「頼む」
そのやり取りを、エドガーも少し離れた場所から見ていた。
「……興味深いですね」
「何がだい?」
ミレーヌが聞く。
エドガーは視線を剣へ向けたまま答える。
「紅陽の武装です」
「普通の街なら、戦力は人に依存します」
「ですがここは違う」
「装備が統一され始めている」
カリナが静かに頷く。
「意図したものではありませんが」
「結果としてはそうなっています」
エドガーの目は鋭かった。
「つまり紅陽は、“技術”を持ち始めている」
その言葉に、周囲が少し静かになる。
技術。
それはつまり、奪われる価値があるということでもある。
その時。
リディアが静かに口を開いた。
「だから隠していた」
エドガーが視線を向ける。
リディアは続けた。
「でも、もう隠せない」
窓の外を見る。
石畳。
荷車。
人の流れ。
もう紅陽は、隠れて生きる場所ではない。
カイは研ぎ石を動かしながら、少しだけ苦笑した。
「……そんな大層なものじゃないですよ」
「使いやすい方がいいと思って作っただけですから」
その言葉に、ダリウスが小さく笑う。
「そこが、お前の恐ろしいところだ」
カイは意味がわからないという顔をしていた。
だが周囲は、少しずつ理解し始めていた。
紅陽が強い理由は、人だけではない。
“積み上げた技術”そのものが、もう戦力になり始めている。
今回は“紅陽の鍛治師”回でした。
カイは裏方ですが、その技術自体が少しずつ“紅陽の力”になり始めています。




