第二章 第三十二話 広がる灯り
街は、建物だけでは広がりません。
人が行き来し、安心して戻れる場所が増えることで、少しずつ形になっていきます。
翌朝。
紅陽は、いつも以上に忙しかった。
中央通り。
完成した石畳の上を、荷車が何台も行き交っている。
「川辺の宿、もう満室だったらしいぞ」
「早くねぇか?」
「橋待ちの連中が使ってるって話だ」
そんな会話まで聞こえてきていた。
噂の広がりは早い。
蒼月亭の前では、ロークが腕を組みながらその流れを見ていた。
「完全に人の流れ変わってきたな」
「橋側で泊まれるようになったの大きいですね」
カイも頷く。
以前なら、橋を渡った後も無理して紅陽まで来る旅人が多かった。
今は違う。
川辺の村で一泊。
翌日、紅陽へ。
流れに余裕ができている。
「荷車も壊れにくくなったしねぇ」
ミレーヌが店先を掃きながら言った。
「石畳と宿、両方効いてる」
その時。
「ミレーヌさん!」
門側から声。
見ると、橋の荷運びの男が手を振っていた。
「川辺宿の追加注文!」
「塩と干し肉、あとパン粉!」
ミレーヌが笑う。
「もう補給始まったかい」
「リナちゃんが“足りません!”って半泣きだったぞ!」
周囲で笑いが起きた。
だが、それは悪い話ではない。
ちゃんと客が入っている証拠だ。
ロークがニヤッと笑う。
「完全に蒼月亭二号店だな」
「まだ小さい宿だよ」
ミレーヌは肩をすくめる。
「でもまぁ、ちゃんと回ってるなら上出来さ」
その頃。
蒼月亭の中では、ルミアとカリナが帳簿を確認していた。
「食材消費、増えてますね」
「ええ」
カリナが頷く。
「ですが流れは安定しています」
川辺宿ができたことで、人の滞留が分散された。
結果として、紅陽全体の流れも滑らかになっている。
ルミアは窓の外を見る。
石畳。
荷車。
笑い声。
「……本当に街になってきましたね」
ぽつりと呟く。
以前は、“生き延びる場所”だった。
今は違う。
人が集まり。
働き。
泊まり。
また戻ってくる。
流れが循環し始めている。
その時だった。
入口が開く。
「ただいまにゃー」
ルナだった。
その後ろにはリディアもいる。
「見回り終わったの?」
ミレーヌが聞く。
「問題なしにゃ」
ルナは椅子へ座り込んだ。
「街道側は人増えてる」
「冒険者も増えてます」
リディアが短く続ける。
「……森側は?」
カリナが聞いた。
リディアは一瞬だけ黙る。
「気になる痕跡は継続」
「ただ、まだ動きは見えない」
ルミアが静かに頷いた。
「監視継続ですね」
「はい」
重くなりかけた空気を、ルナがすぐ崩す。
「それよりご飯にゃ」
「朝から何も食べてないにゃ」
「また?」
ミレーヌが呆れる。
「見回り真面目にやってた証拠にゃ」
「絶対違う」
カイが苦笑した。
笑いが広がる。
窓の外では、また新しい荷車が門をくぐっていた。
紅陽は、少しずつ広がっている。
その灯りはもう、一つだけではなくなり始めていた。
今回は“街全体が繋がり始める回”でした。




